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2004.02.20

言語消滅=思考の貧弱画一化

 世界の言語の種類が激減中。

 言語の減少は実は「洗脳」かもしれない。
 言語の減少は実は全人類の思考の画一化・貧弱化をあらわしているのかもしれない。

消えゆく言語たち Alexandra Aikhenvaldインタビュー Tariana
2004/01  New Scientist
 
全言語のうち半数は今世紀中に絶滅する
2004/02  New Scientist Half of all languages face extinction this century
 
2004/02  X51.ORG : 世紀末までに半分以上の言語が消滅

●右画

 言語が消え減っていくと、何が問題なのか。
 言語の種類は少ないほうがお互い話が通じて便利だし、使っている人が少ない言語は別に消えても問題ない、そう...思う人のほうが多いのか。

 言語が消え減っていくと、言語の種類を研究しにくくなる。
 その言語に関係する文化や歴史が失われる。

 その辺はまだわかりやすいと思う。

 でも、言語とともに失われるのは文化や歴史だけにとどまる話じゃない。
 困るのは、言語学者や文化学者や辞書出版社さんたちだけじゃない。

 実はみんなに関わる問題がそこにはある。 chitchit

挿画

 言語が減ると、地球の生態系が危なくなる
 これ全人類に関係する危機だったりするのであって。gakbul

アンカー【失われることば、失われる世界】

 自然界保護に「生物多様性」という観点があるように、言語や文化にも「言語多様性」「文化多様性」という観点がある。
 言語体系は”暮らしの範囲内”での有用な情報をやりとりするように発達するもの。
 ”暮らしの範囲内”で有用な情報とはつまり”暮らしの知恵”。
 言語はその土地、その環境で長く安定して生き抜いていくために必要な情報を編み込んで、発達する。

 言語が失われると、ヨソの文化の言語がとってかわると、その”暮らしの知恵”が失われる。
 すなわちその土地の自然保護&維持の知恵(これまでうまく自然とつき合ってきたローカルな方法)が、ないがしろにされ失われる。

cover
「消えゆく言語たち:失われることば,失われる世界」

 ダニエル・ネトル/S・ロメヌ著
 新曜社 2001/05
 [ Amazon ] [bk1]

 言語消滅の問題。
 文化の多様性は生態系の多様性に直結している。
 今、世界の大半の言語がグローバライゼーションによって失われようとしている。
 それはすなわち文化の喪失、生態系についての知恵の蓄積の喪失、そして生態系自体の破壊を意味している。

原書: Vanishing Voices : The Extinction of the World's Languages
 Daniel Nettle and Suzanne Romaine 著 2000/06
 
国連が言語多様性減少に警告 何千もの土着言語・文化が失われつつある
2001/02  UN warns over indigenous tongues BBC NEWS

 で、「消えゆく言語たち」で懸念されていた言語消滅と環境破壊の関係は、2002年にアフリカで実際に確認されている。↓

生物多様性と言語(文化)多様性の密接な関係@アフリカ
2002/07 Nature Science Update Species and languages flock together
 
環境を守るにはまず地元の言語を守るのが効果的
2002/07 Ananova Study concludes conservation link to local dialects

この箇所へのリンク【その土地に有用ではない知恵】

 キーワードは精神のモノカルチャー化。  ※ モノカルチャー

右画 メジャーな言語に取り込まれる、これは知恵の画一化だったりする。
 同じ言語になれば、商売もしやすいし流行も送り込みやすい。
 その反面、メジャーな言語に取り込まれた地区は、どっちかというとその土地に有用ではない知恵を外部から送り込まれる。
 外部にとって都合のいい文化に変えられていく。
 地元の環境保護より「商用作物を」「プランテーションを」「都市に通勤を」となっていく。

 旧来の言語を知らない世代が増える=旧来の環境保護が維持されなくなる。
 で、環境破壊。

 文化が単一化されていく、多勢に洗脳されていく、企業による・帝国によるグローバリゼーションの脅威。
 そんなイメージ。

 文化画一化は人類自体の脆性(もろさ)を高めるという話も。
 こうしてメジャー言語を使ってパソコンで通信している行為だって、ローカルの知恵を駆逐するようなメジャーどうしの洗脳交信になってしまっているのかもしれないのだけれど。

2001/06 cnn.co.jp 「世界言語の半数以上が消滅の危機」 米研究団体
 
アマゾン川流域のアリカプ語が話せるのは、現在わずか6人。
 アラスカのイーヤック語は1人を残すのみ。
 アイルランド海のマン島では1974年に最後の1人が亡くなって、マン語を話す人は皆無になった。
2001/05  University of Collage Dublin Many of world's languages face extinction

挿画

 で、さらには人間の心の問題。

 土着の文化ではないヨソの文化、”暮らしの範囲内”での有用な情報ではないヨソの言語&情報、それにさらされると人間の心に良くない、という観点がある。
 これはまだ十分実証はされておらず推察仮説の範囲なのだと思うが、この推察はいろいろなところで出ている。(北欧の調査で、都市に住む人間は地方に住む人間に比べて心を病みやすいというデータがあったりするが)
 文化&言語はそれぞれのローカルの中でバランスを取って編まれてきたもの。そこに住む人間の心と密接な関係を持って編まれてきている。そのバランスが、ヨソの文化と混じったりヨソの文化(言語)に取って代わられたりすると、人間の心とのバランスが崩れて不調をきたす。
 モノカルチャーが増えると、そのぶん心の病が増えていくだろうと。

   →2005/03 「人心も物語も撹乱する都会」

キルト

●自分の文化を良い文化と考えてヨソの文化を貶める、そんなあさましいことをやりがちなのが人間。

   →自文化中心主義
   → ネポティズム/偏見

●自分の言葉を理解してくれる人間が誰もいない世界。
 自分の部族の言語を話す人がみな死んでしまった。
 たった一人の生き残りになったネイティブ・アメリカン(インディアン)の悲哀。oonaki

   → 2005/03 「部族最後の生き残り:イシの記録」

●アマゾンの現存少数民族を「異文化との接触なしに」尊重保護していこうとする試み。

   → 2007/01 『先住民イゾラドの尊厳、FUNAIとインディオ』

ライン

2004/07追記:

cover
「絶滅していく言語を救うために
 ことばの死とその再生」

 クロード・アジェージュ著
 白水社 6800円 2004/02
 (原書2000年)
 [ Amazon ] [bk1]

 言語研究の専門家による濃い一冊。
右画 言語そのものが命の現れ、言語は無限の反映、言語の生気論、言語の有機体説などのやや 「ト」な導入から入る。冒頭以外はさほど「ト」は目立たない。
 考察に使える事例や顛末紹介は豊富。「消えゆく言語たち」の補助として見るぶんには使える感じ。
 が、どうにも言語しか見ていないきらい。
 文化、環境面にしてもアイデンティティがどうのどまりみたいな。
 波頭だけ見て風や汐、海底地形や温度の考慮が浅い感じが否めない。
 カタログ分類好きムシマニアのような香りがする。まぁ、立場上これでもしかたないか。
 使い手の利益に結びつかないものは普及しない;そこを考えねば。
 
 最近の有力なツール、言語多様性と生態系多様性の連関を重視した方策については言及なし、もったいない。
 言語学者方面ではエコと言語多様性を結びつける戦略はウケない?この程度の認識普及?それとも2000年当時はまだ一部にしか知られていなかった?
 
 p.129に 「緑のアリ」登場、少し嬉しい。
 p.170 教科書やメディアに侵食される方言:国内方言の尊厳や、自らおのれの方言を蔑み捨てる現象を考えるに良かろう
 p.173 リングアフランカ:日本国内にも、行商人が用いた商用共通言語があったはず

 実例の豊富さと、事例分類の使い勝手の良さ、濃さでオススメ。

追記:
言語の消滅とともに、人類の知恵も失われていく
2007/02 San Francisco Chronicle Human knowledge eroded as endangered languages die
危険にさらされた言語が死ぬとともに、ヒト知識も減退する

ライン

アンカー 2004/07追記:

cover
「消滅の危機に瀕した世界の言語
 ことばと文化の多様性を守るために」

 宮岡伯人編
 明石ライブラリー 明石書店 2002年
 [ Amazon ] [bk1]

  1995年に言語多様性の危機を叫んだマイケル・クラウスも参加した会議 「消滅に瀕した言語」を元にまとめられた一冊。
●樺太アイヌ語最後の話者の死を伝えた全国紙はなかったらしい(p.10)
ピンカーの邦訳「言語を生み出す本能」では、なぜか原書のアイヌ語に言及した部分が割愛されているとのこと。(P.32)
●文字のない語、マイノリティの言語、異文化の言語は劣った言語ではない。その点に関する勘違い&偏見が巷には非常に多い。
●日本は言語保存についての意識がとても低い。
●カエィリ語の最後の話者三人の聞き取り調査をしていたとき。その三人が、誰もとある言葉を思い出せないことに気づいた。と同時に、その三人は祖先から受け継いだはずのこの言葉を地上から永久に失ってしまったことに気づいて愕然とする。なんとか失った言葉を復活させて欲しいと、調査者に泣きつく三人の老人。なすすべはない。(P.58)
●言語の保存、その中で視野から抜け落ちがちなのが、手話の保存。世界各地の危機に瀕した自然手話の名が挙がっている。(P.64)

挿画

 調査者・当事者の生の主張。この分野に興味ある人にオススメ。

追記:

最後の言語話者は、死ぬ
2008/01 BBC News Last language speaker dies
 アラスカEyak語の最後のネイティブ・スピーカーであると信じられる女性が、89才でお亡くなりになった。


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情報庫: 言語   文化人類学・文化の多様性   進化心理学



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コメント

「我想う、ゆえに本あり」
http://www.indo.to/log/archives/200409/03ogata.html
多言語・多文化社会インドの書店事情のレポート。

投稿: ガネーシャ | 2004.09.06 18:27

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