環境保護を欺瞞と称すること
環境保護は「地球のため」「自然のため」ではなく利己行動、この点について自覚を欠いた環境運動は欺瞞に他ならない。 という言説。
自覚を欠いた環境運動はどうして問題になるのか。
どれか特定の環境運動関与者を念頭に置いているのかな。
理由はどうあれ、実際のリスク解析も何も考慮しないで
「地球のため」「自然のため」という
キャッチフレーズを掲げる人間はみな欺瞞屋だ
と受け取られうる見方を出してしまうのは浅慮な気がする。
欺瞞でも別にかまやしないと思う。「地球のため」だろうが「自然のため」だろうが結果的に時流で「良い」と評価される帰結に至るのであれば「〜のために」が欺瞞かどうかはどうでもいいことに落ちつくのだと思う。
人間と自然を対立させるような皮相な二元論で考えてはいないか。
人の欲も所詮自然のナリユキの結果。快楽を求める中には バイオフィリアもあるだろうし、実際的な適応性とはかけ離れた不適切な欲望執着もあるだろう。
それと、自分のためではなく”本当に自然のための活動”をしたくても純粋に自然(もしくは他者)のための活動だけを行うのはどだい不可能なんですよ。人間、自己保存(最低限の身の確保・消滅死の回避)をしないと自己主張の発信はできない。 ミームをとばせない。生きて何かに作用を及ぼそうとするのであれば、何かを犠牲にして生きざるを得ない、絶対的にそういうハードルはあるわけで。「伝えるためには自分の成就をさしおいても敢えてこの手段を採る」、伝達成就のために敢えて一見筋の通らない遠まわりする、敢えて犠牲をおき採るべからざき手段を使う(テロしかり自然保護のためのウソや自然破壊行為しかり:極端に言えばオウムの金剛行)、そういうスタンスも 帰結で突き詰めると アリなんですよ。
伝達するためには情報に訴求力がなければならない。キャッチーな情報、インパクトのある情報。
訴求力やキャッチーさ、イルカさんカワイイからタマちゃん愛くるしいからそんなもんでもいいんじゃないですか。詭弁。それが効いてしまうのが人間、それでお互い踊り踊らせしているのが「人の間と書いて、人間」。(もとよりアニミズム・会社・国家等何らかの想定概念に執着したがるような心的指向性が、進化上、人間には抜きがたく備わっているのであろうわけだし)
自覚があろうがなかろうが、巷はわがまま(自己主張)のせめぎあい。同じ情報が時場合によって良いものになったり間違ったものになったり。
失敗することが嫌いですか?
間違いとされることを避け、絶対的に安全賢明な人生航路に居たいですか?
この世の軋轢を嫌うのであれば、これこれで彼らは間違っていて下位であり自分の方が正しく上位である とおのれをくすぐる論理を使っていたらこれいつまでも世の中に軋轢がなくならないわけで。
自分はこれこれの点で悪逆非道を行っているのかもしれないがいたしかたない という自戒を優先すべし。相手のイイコブリッコを非難する前に自分のイイコぶろうとする姿勢を自戒すべし。さもなければ自分はイイコであるという自負を捨てるべし。
悪人に幸あれ。
ややこしいことはもうたくさん、ただ幸せな人生を送りたいだけなのだと考える衆生、ハッピーピッグ。
人生を全うしようとする衆生、ハッピーピッグはハッピーピッグのままでもかまわないだろう。
ただし、進化心理学などハッピーピッグを超えて調停者ぶろうとする人間は、衆生の欲望がまきおこす諍いの調停を考えようとする人間は、冷徹におのれのハッピーピッグな部分(自己ナルシスム、自己保身欲)を自戒もしくは止揚するという選択肢くらい気がついておいてくれよとかと思う。

自分を救おうとしている個には幸いあれ。
他者を救おうとしていながら実際にはおのれを最優先し他者を貶める行為を行ってしまっている人間は恥を知れ。やるなとは言わない、やるなら恥を知りながら腹をくくって手をくだせ。
イゾラドに思いをはせつつ。
へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよしん? これ ゲーム理論 について聞いたことがない人にはもしかしてひどい話に見えるのかい?
2006/11 『科学と宗教、東西生死の進化心理学と世界観』
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コメント
えーと前もって言っておくと特に他者の絶対的な犠牲、自己保存、避けられぬ自己欺瞞的要素、ミーム云々等いわずもがななわけで、異論はないのですが、
何故でしょう 吐き気がするのです。なかほどの軋轢~云々と最後の段落などは日ごろ自分も考えていることなのですが、このような思考を実のところ、ある行為のただの免罪符にし、実はいやらしく特権化するようなものであることがあまりに多いからです。また貴方の書き方はまるでクソな現実に対して「現実的」に自己を染め上げることがいさぎよいことかのように受け取れてしまうのですが、例えば「伝達」に関する貴方の「現実的」な意見には吐き気がします。べつにあなたが間違っているとは思いません。しかし自己欺瞞が自己欺瞞のままに救う命があれば、殺すものある、という重さ、何よりも自己欺瞞が自己欺瞞のまま世界を滅ぼす可能性があるということ、むしろこうした自己欺瞞の構造こそが長い歴史のなかで世界を現実のこのような危ういものにしてしまった、とわたしは思っているのですが、それに対して、貴方のようなわたしには単に実のところ処世術的なイイコぶりっことしか思えない「大人」なものいいにはつくづく吐き気がします。
さて、わたしは貴方のいうところのイイコぶりっ子なのかもしれませんし、単に読み違えているのかもしれません。ただ、貴方の文章を読んでどうにも違和感がぬぐえなかったのでこれを書きました。
投稿: ここっここぉ | 2004.07.30 17:45
ここっここぉさま
メールアドレスがエラーでした。
めんどうであればご返答は不要です。
書き捨て状態のコメント送信だけであっさり気が済んでしまう人もままいらっしゃいますし、そもエラーアドレスなので応答意欲はあまりないと推察いたします。
返答下さる場合は、参考までに、当方のブログに関してはご覧になったのはこのページのみか否か、併記いただけると助かります。
投稿: 雨崎良未 | 2004.07.30 21:22
すまんです これでどうかな?2つアドもってるんですが
つかえなくなってるはずはないのですが
書き捨て状態のコメント送信だけであっさり気が済んでしまう人もままいらっしゃいますし、そもエラーアドレスなので応答意欲はあまりないと推察いたします。
↑こういう書き方はどうかと思いますよ まじで
投稿: ここっここぉ | 2004.07.30 21:44