ブログとネットの心理学
ブログを書くことは、すなわち自分を偏らせる行為たりえる。もしくは偏っていることを表明する行為。
昔はトンデモ発信で「自分の本を出版した」素人が目立つきらいがあった。
「出版=自分の考えが世間から認められた」と勘違いする上に、そのような本を出したという自己正当化、 認知的不協和回避も働くらしい。
公開で何かを記すことは自己説得の効果を持つ。
この意見には異論もあるかもしれないな、と考えて記したことでも、どこからも異論がないままに過ごされると「俺の考えは正しかったんだ」と思い込むようになることがある。単に無視されている結果であったとしても、無視を賛同なのだと解釈したりする。
加えて自分はこういう意見を持つパーソナリティなのだと自分にレッテルを貼ることにもつながる。独り 集団成極化現象みたいなもん。
特にブログにおいては有象無象が大量&高速に流れ溢れる中、集客を意識してなにかと大げさに表現記載してしまう傾向が生じる。
何かの意見を記しているブログを見かけたら、その書き手の意見が経時的にエスカレートするかしないか、そういう観点で観察してみるのも面白いだろう。

ブログは基本的につまみ食いの世界。書き手の知識バックグラウンドが見づらい状態のことが多い。
コメントにしろトラックバックにしろ、たいがいお互いバックグラウンドが大きく違うので応酬はとんちんかん。
知識の差が一と百あったとすれば、一のほうは百が何を言っているのかさっぱりわからないだろうし、百のほうは一に何を伝えるにしても背景の知識まで含めて伝えようとするとものすごい手間と徒労がかかるのでどうにもそこまでかまっていられなかったりする。
触れてもつながれない。違う人とはつながりにくい。
いきおいブログにおいても似たものが集まり階層・知識のタコツボ化&集団成極化現象が生じる。
ブログで世界は広がるか?
世界のほうは広がっていても、多くのブロガーは自分の世界をブログによって狭めているのかもしれない。
世界とつながっている・いっしょに走っているという錯覚を持ちながら独り自分の世界でナルシスムにひたりたい人には、ブログはお勧めな形式なのだろう。
情報庫: インターネット利用と心理

2004/04 【日本語記事】 「最新技術モブログで日常生活公開が流行」asahi.com(SiliconValley.com)
実際にはつながっていない人々とつながっているかのような幻想を抱かせる
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と押してみるもよし
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コメント
自分は偏りたくないとか、偏るのはよくないことだとか、自分は偏っていないとか、思っている人は、これ読んでぎょっとしてしまうんでしょうね。(w
投稿: なけなけな | 2004.04.08 22:35