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2004.05.18

心の病と呪と治療 そして納得医療の可否

「平気でウソをつく医者たち?」 へのコメントで資料や情報・見解をいただきました。

 とりあえずインフォームドコンセントはやはり「ウソも方便」という意味は含まないインフォームドコンセントだし、少なくとも内科方面ではインフォームドコンセントの解釈についてこじれている気配はないとのこと。濃い情報ありがとうございました。

 それで、なんでインフォームドコンセントが私の中でこじれたかというと、外科や内科のような治療の場面であるならまだわかりやすいところが、心理要因/精神保健がからむ部分でひっかかっているからで。

 心の病を抱える患者に対するインフォームドコンセントは、外科や内科のような治療におけるインフォームドコンセントとは性質様相が大きく異なるのか。

 例えば、下記のような2件がひっかかっています。

●人間関係以外の要因に帰着させる手法
 (過日も少し記した件)
 S氏が著書の中でひきこもりを、単純なサーカディアンリズムの問題に還元してしまう表現をしていた。ふだん、ひきこもり問題の解消に、人間関係に原因を置くのではなく生態の不調に帰するような外在化:意味変換を治療の手法として用いてうまくいっているとのこと。

●人間関係にこじつける手法
 ちょうどその逆を行くような<呪>:意味変換をふりまわしていたケース。
 ADHDであろうとなんであろうとすべて「母子関係」のせいにして治してみせる自信がある、と豪語するM氏。
 古来の民族精神医療を理論に取り入れたとか何とか称してえらい民俗医療的にめちゃめちゃなことぶちあげていたので(伝統医療ではM氏の主張とは逆の、人間関係ではなく外因:異界の力:に帰する例が少なくない)、思わずADHD(のように見える症状)の原因は睡眠不足とか間接喫煙とかストレスとかの単純要因であることも多いのに、それを「すべて「母子関係」のせいにする」とは何事か!と食ってかかったことがある。馬耳東風。悪しきパターナリズムの香りぷんぷん
 その後、M氏は各所で自己喧伝をお続けになり、めでたくたくさんのトリマキを獲得してますますオンライン繁栄を謳歌中。
  遺恨のうっぷんばらしを置いてあるページ

精神療法は効くのか  アイゼンクのデータの不完全さ
 良い結果も悪い結果も生む精神療法
 悪い結果は教条主義者が施療したときに多い
2003/03  Telegraph  Looking for a counsellor? You need your head examined
DSMもどこ吹く風、見たいものを見る心のお医者たち
 臨床医の持論がどう診断に影響を及ぼしているか
2002/12  APA Monitor on Psychology Thinking clinically
 A new study shows how clinicians' theories could affect their diagnoses.
良いセラピスト 悪いセラピスト どう見分ければいい?
 厳密に効果は立証されているのか 新奇な療法には注意せよ
 ”良い評判”はアテにしてはいけない  効果があったのは暗示効果のせいだけかも
 たまたま効いた人は信者状態になって宣伝に荷担する
2001/02  The Los Angeles Times  IN CHOOSING A THERAPY, THINK SCIENCE

●何のせいにするのか
 何よりM氏のすべて「母子関係」のせいにして治してみせるという物言いが理解できず。
 で、この場合インフォームドコンセントはどうなるのかさっぱりで。患者に選択の余地はないのか。施療者のレールに乗らないと相手にされないのかダメな患者扱いされるのか。別の手法を要求してもメニューにないと突っぱねられるだけなのか。(M氏は自分の手法以外の知識が明らかに不足していた)
 畢竟、結果が良けりゃオーライなんでしょう。でも、オーライではなかったケース(手法が合わずこじれて去った患者)が無視され見過ごされるおそれが否めない。
 どっちにしろ、どっちかというと「誰か」のせいにするよりは、「何か」のせいにするほうがニートな感じはするところ。

●個と衆をごっちゃにしたゆえの不具合?
 何かに帰着させたり意味変換をさせたりして、<呪>をかけて外在化して精神保健な問題を解消する、その手法が効けばいいけれど。<呪>を効かせるには百人百様、個々のケースに合わせて加減やバリエーションが必要。
 S氏や、「あなたの病気には意味がある」の高田氏は、本来<呪>:意味変換のモチーフは相手それぞれによって加減すべきところを、まんま一般向け書籍に一般論な体裁で織り込んでしまったゆえに妙なことになってしまっていたのか。

●精神保健でのインフォームドコンセントはどうなるのか
 「かくかくこのような手法があります」と患者に説明しえたとしても、患者は治療手法を選びうるのか。強制的に入院処置を執られることもある分野。
 また、外在化の<呪>をかけるにしても「かくかくこの手法の裏にはこのような意図があり、ほかのこれこれの可能性を隠し無視しています」という説明はないよね。しないよね。これはどうなのか。

 …で、精神保健でのインフォームドコンセントがわからずわだかまっていたゆえに、S氏の一件(ひきこもりの治療手法)がひっかかり、高田氏の著書(うつ病や統合失調症)でよけいこんぐらかったと。

 M氏あたりは少なくとも悶着があった当時は「ウソも方便」とひらきなおっていた気配があるわけで。


★精神医療におけるインフォームドコンセントについては 「救急精神病棟」 も参照を。

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情報庫: 精神保健   医療

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コメント

P.S.  「心の治療を拒否する権利」について記した項

投稿 雨崎良未 | 2004.05.19 05:55

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