米国の平和は戦争が栄養? 平和構築と戦犯
ちょっとびびった私はズレている?
アメリカは、定期的に戦争を起こす必要があると考えている
という話。
青土社 月刊『現代思想』 2003年12月号 vol.31-15
篠田英朗『アメリカ「帝国」とリベラル・デモクラシー 「ホッブズ的世界」と「歴史の終わり」』
この篠田英朗氏の論考を私がおぼつかない頭で読み解釈すると、現アメリカ政府(ネオコン)は以下のように考えていると。
アメリカ的なリベラル・デモクラシー(自由民主主義)が世界中に広まれば世界は安定する(歴史は終焉を迎える: フランシス・フクヤマ )。
歴史を前進させる(世界を安定させる)ためには、民主主義を他国に押し付けていかねばならない。
価値の攪乱をもたらすヨーロッパ的な相対主義は、アメリカにとってすこぶる危険なものである。
イラク戦争に反対したヨーロッパ陣は、アメリカ的理想で歴史が終焉できることを信じない蒙昧な連中だ。
人間は、過度の「優越願望」(圧制)も、過度の「対等願望」(リバタリアニズムとか?)も、克服せねばならない。
平和が続くと過度の対等願望をふりかざす堕落した輩が増えてしまう。
理想的な自由民主主義世界を維持推進するためには、過度の対等願望を減らすために国際的な善悪はどうあれ定期的に短期戦争を起こす必要がある。
わかりやすい。
わかりやすいだけに、え、これでいいの?こんなだったの?私でもわかってしまえるような簡単な理屈で*****なことをしているの? と困惑しきり。
わかりやすいだけに、単純に 相対主義をつぶすアメリカのネオコン連中は地球全体の敵なのか、 リバタリアニズムの天敵なのか? 北朝鮮は次回のお楽しみ? みたいに短絡してしまいそう。
私は政治云々は守備範囲外&苦手で、政治理論めいたものは寡聞にしてこのあたり不如意。
初心者にわかりやすそうな「ネオコンQ&A」みたいなの、どっかにあります?
と上のようにいったん下書きしたあと、この筆者・篠田英朗氏の新著を入手するまで保留にしていた。
「平和構築と法の支配 国際平和活動の理論的・機能的分析」 篠田英朗著 創文社 2003/10
すごい勉強になる。
アメリカのネオコン政策動向についてはこの本の中では特に言及はなかった。
でもすごい。
わかりやすい。
世界はこんなことやってるのか、「平和の構築」ってこんな理論や考察の上でなされるのか、すべきなのか、ものすごいスッキリする。
実際は個々の事例や現場ではもっともっと輻輳錯綜して素人にはわけわかんない様相を呈するのだろうけれど、報道見ているだけでも政治や国際紛争ってわけわかんなくてバカそうじゃんみたいな理解しかできないような混乱極まった状態だけれど、でもそれら凸凹いびつな前衛的石膏像のごとき現実から、みごとに芯のワイヤーをスラリっと抜き出して「こう見ればいいんだよ、こういう路線が元にあるんだよ」と見せてくれる。
このわかりやすさは、一部どっかの専門家がやるような、読者をなめて手を抜いたゆえの安直なわかりやすさではない。
論理的に整理された、概念の飛躍のない、社会学音痴の私にさえも理解できるような、真摯&正当なわかりやすさ。しかも各実例をふまえ検証し洞察は深く切り込んでいる。
表現下手でごめんよ:だいたいこの手の本は小難しくわかりにくいものであると思っていたのでこの著者の文筆才能に単純に感動しているわけで
●「平和を構築する」という考え方の小史
国連のガリ氏、アナン氏、 ブラヒミ・レポート…
●法の支配とは何か
国際法と国内法の相克、人権、法制と密接に関わる自由民主主義普遍化
●社会契約行為としての和平合意
憲法の作り方、自由民主主義的価値観をそそぎこむこと
●公正な選挙制度確率を支援する
民主主義と自由主義の葛藤と中和
p.106
民主主義と自由主義が,組み合わされて現在の国際社会の支配的価値規範となっていることは,すでに第1部で述べた. しかしそのことは両者の間に葛藤が存在しえないことを,全く意味しない. むしろ両者は衝突する部分を持っているがゆえに,相互にバランスをとりあう目的で,組み合わされて語られるのである. 自由主義は,古代ギリシア以来民主主義の危険として恐れられた衆愚政治の暴走を食い止める役割を持つ. その一方で民主主義は,自由主義がもたらすエリート支配を中和する役割を持つ.
過度の自由主義=階層差の拡大も、過度の民主主義= 衆愚政治 も、中和されねばならないと。
…中庸か? これは一種中庸を語っているのか?
アメリカネオコンの”過度の対等願望を減らすために国際的な善悪はどうあれ定期的に短期戦争を起こす必要がある”はこのあたりのスジから読むべきらしい。
●治安維持、司法機能の復興
現地では往々にして検事や警察官が払底している
●戦犯
国や民族ではなく、犯罪を個人の行為に帰する効用と問題
国際刑事裁判所に戦犯をつきださないという契約を各国と交わしまくっているアメリカ。
いまだに戦犯の追求がなされていないアフガニスタン。
●軽度の戦犯の罪を免除するという「真実和解委員会制度」
p.171
興味深いのは、モザンビークの人々が免責を受け入れた要因の一つが、伝統社会の「治癒者」の「清め」だと言われることである。この点は、現地社会の論理による平和の模索が、必ずしも国際社会の司法の論理と一致しないことを示唆する。
どんな施策にせよ、平和の構築には周到な現地の状況把握と臨機応変な対応は不可欠。
文化調査が現代の平和構築に貢献できる余地はまだまだある。
この書 「平和構築と法の支配」は、2003年度 大佛次郎論壇賞受賞とのこと。世間的にも評価は高いらしい。
しっかし。
惜しむらくどうしてこんな装丁なんだろう…。
装丁だけ見せられたら私は全然見向きもしなかったと思うぞ。
ぜったいこんなにわかりやすくてためになる良い内容が入っているとは思えないのであって。
平和や国際情勢を云々してみたい人にはマストチェックな一冊。
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