「昼むかし」:思春期と物語の刷り込み
【昔話と催眠状態】
「昼むかし」:
昼間に昔話(世界観構造模式)を語ることは禁じられてきた。
伝承は「夜」に属する行為、もしくは農閑期に囲炉裏端(いろりばた)で行われるものであった民話・神話の伝承。

夜におこなわれる、世界観の語り。
それは、次世代の世界観(認知枠、構造)形成に寄与していたのではないか。
世界観の伝承。
ゲームプレイは往々にして催眠状態に近い中で行われるという。
物語の伝承が、先立つ世代から受け継ぐのではなく、同世代、もしくは商業的メディアの作品によっておこなわれてしまう現状。
思春期(イニシエーション)年代の若人の認知枠(世界観)形成に、彼らに対して供給される「物語」の内容が大きく作用してしまう可能性。
先輩世代とは隔絶した世界観の中で、育ちうる次世代。
情報庫: ゲームやメディアの影響 民俗学
(この項は備忘録として数年前の文章を再構成再録したものです)
先人を敬い旧来の価値観を重んじる儒教観。
その儒教観とは逆を向いてしまった明治以降の日本人。
親世代の知恵を無知蒙昧だと否定させ、「未来=改善」という欲のエスカレートを掲げ刷り込むイマドキの世界観。
何を否定して、どうオノレをほめようとしているのか。
見る者の世界観によって大幅に価値観が異なってくる。
2005/11 『ニートと物語 ゲームと世界観』
2006/07 『死の変貌 デスについてのノート』

「シリーズ心理学の中の論争1:認知心理学における論争」
丸野俊一編著
ナカニシヤ出版 1998
p.17O
私たちは世のなかの出来事をとらえたり,講演を聞いたり,文学作品を理解した結果が人によってまったく違うということをよく経験するだろう。理解の結果が人によって違ったパターンを示すのは理解する側でもっている物語スキーマが異なるためなのである。
結局,広い意味での物語スキーマというのは,私たちが未知の世界を翻訳する枠組みであり,道具なのだ。そのような枠組みで世のなかの出来事を認識するのは,私たちの情報処理能力が無限ではないという制約があるためであろう。私たちは経験をできるかぎり多くのものに通用するようなかたちで蓄えておき,入って来る情報を細部にわたっていちいち調べなくても,とっさにすでにもっている枠組みに照らして“ああ,あのタイプ’とか,“自分が知っていたこととここが違う”と,関係づけることにより情報処理の省力化を図っているといえよう。

おのれはどんなヒューリスティクス:世界観を備えるように育ってきたか。
『共感能力と下層階級 偏見、信仰、ヒューリスティクス』
それは世界の中でどのような位置を持つ世界観なのか。
どんな色眼鏡を、おのれはかけているのか。
おのれが持つものとは異なるスキーマ・世界観を持つ者を、どう評価するのか。
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