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2004.06.26

認知的不協和理論

「認知的不協和の理論」。
 
 あなたは、自分が正しいと思うことや、自分の好みにしたがって、日々行動をしていると考えていますか?
 実は、行動しちゃったことをあとから「正しいからやったのだ」と思うようになったり、選んだ対象をあとから「好きだから選んだのよ」と考るようになったりしてしまっていることが、人間けっこう多いんです。
 自分がなしたことが、自分の考えや好き嫌いを変化させる。
 このような認知・感情・行動の影響関係を説明するのが、社会心理学では「認知的不協和理論 (cognitive dissonance theory) 」

西田公昭『マインドコントロールとは何か』 紀伊国屋書店 1995  p.115
   フェスティンガーによれば、人は、知識、意見、信念などの認知要素のうちの二つが心理学的に不一致、矛盾しているとき、緊張を経験するという。そのとき、人はその緊張を低減させて自己の考えを適応させようとする。

●右画
 人間はついついやったことと考えていることが矛盾しないようにあがいてしまう

 自分の考えていたことと結果が違ったとき、自分の言動が周囲の価値基準からはうまく誉められないとき、「認知的不協和」が起きる。

 認知的不協和が起きると、人は居心地が悪くなり、
   ・状況から逃げ出す、無視する、逃避する
   ・自分の中の不協和を解消して納得できるように理屈をコジツケる

 自分がやったこと・自分の状態を、自己正当化しようとする。
 自分の行いを強化・正当化する理屈を編み出して、安住しようとする。
 アレをやった自分は正しかったのだと、自分はいいこなのだと思おうとする。

 どうやって自分をほめるか。

 自分の状態とは相容れない情報(自分のほめ方をおびやかすもの)は排除されやすい。

●タバコをやめられない自分をほめてくれそうな情報に飛びついてしまう喫煙者たち。
「タバコの封緘紙を集めれば車椅子募金になる」というようなデマが流行るわけ。
死亡率を無視して「タバコを吸っていても長生きしている人間はいる」と自己正当化する喫煙者。
 
●尊師の尿(聖水)を飲んだ信者は、信仰を捨てたらただの「飲尿変人」に陥ってしまう。
 信仰を捨てたら今までやってきたことがすべてダメになる、過去の自分が正当化不能になる、それは大変な恐怖、認知的に折り合えない。
 ぜがひでも「飲尿変人」に陥る世間は避けて、聖水を飲む敬虔な信者であり続けるために信仰を続けなければ。
 
●「男の子だから我慢しなければ」の類の圧力を受け続けた結果、男の素晴しさを示さない情報に接すると認知的不協和が発生するようになってしまう。
 男であることはすばらしいはずだ、女みたいなのはくだらない存在だ、と硬直した自己正当化で視野を狭めて安心する。
 
●学歴社会を信じ、苦労して大学卒業して、苦労して大企業に入社した結果、そこがつまんない職場であったら?
 長年の苦労がひどい結果に、という事実を受け入れがたくて、いつのまにか、選んだ職場はすばらしいもの、会社におのれを捧げる、というこじつけを始めてしまう例。
 
●相手と意見が合わないという認知的不協和に遭遇したとき、ウマイ発言のつもりで投げた投稿が不評でこてんぱんにされたとき、浅い人がよくやるパターン:「あいつらはバカだから」と自分の説得力不足・思考力不足を棚に上げて反省を避ける。
 
●専門家は専門分野内では偉くても、ヨソの分野ではただの素人。
 偉くない自分、という状況に認知的不協和が働くため、ただの素人扱いされるような異分野(市井の常識含む)の情報を軽視し避けるようになる専門家がいる。
 おのれを過信するあまり、苦手な分野や知らない分野に遭遇すると、「つまらない分野だ、くだらない学問だ」と切って捨てるケース。
 
●インターネット犯罪の報道を聞いて、「ああ、だからネットに入らなくて正解なんだ」と自分を安心させる非ネットユーザ

 「認知的不協和」から逃れるために、人間は意識的にしろ無意識的にしろ自分の考え方を都合のいいように曲げてしまう。
 理屈と膏薬はどこにでもつくものなのである。

 → スキナーボックス

●●●小玉7●●●

 この項、前世紀にこしらえた文面の再構成再録です。
 「認知的不協和」はけっこう使いでがある概念だと思うけれど、もっと使いでのある概念「認知的不協和の回避」をより簡単に言い表せる言葉があると便利でいいんだけれどなぁ。


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コメント

自分の考えが間違っているかもしれないという恐怖感から
常に、自分の考えの正当性を脅かす事柄を探してしまうという特徴があります。自分の考えが目下のところ間違いだと証明されていない状態では自分の考えが違っている可能性がありますよね。しかし自分の考えを脅かす事実に遭遇しても認知的不協和はなくならないのです。それを本に自分の考えを修正してもそれが正しいとは言い切れないわけですからね。困った性格です。

投稿 レジェンド | 2004.10.11 19:38

おお〜。
レジェンドさん、それってすごく研究や調査向きの性格ではありませんか。
生かせるポジションが見つかればいいですね。
そしたらそれは全然困った性格ではなくなりますよ。

投稿 雨崎良未 | 2004.10.11 19:49

雨崎良未さんありがとうございます。
実は今大学院に進学するか就職するかでまだ迷ってる4年生なんですよ。私のなんにでも疑問を持つ性格は確かに研究向きかもしれません。しかしどんな仕事であれどこかで納得したことにしておかないとキリがないという現実も一方であり折り合いをつけるのが大変です。

投稿 レジェンド | 2004.10.13 01:16

雨崎様、正己と申します。
『「認知的不協和」って何ですか?』をクリックして表示される「進化研究と社会:認知的不協和」の中の他のサイトへのリンクが切れているようです。例えば「心理学ショートショート」のURLは
http://www.shinrigaku.com
に変わっていて、「認知的不協和理論」が含まれるページは
http://www.google.co.jp/search?q=%94F%92m%93I%95s%8B%A6%98a%97%9D%98_&hl=ja&ie=Shift_JIS&domains=www.shinrigaku.com&sitesearch=www.shinrigaku.com&filter=0
の中にあります。
それから、このブログにトラックバックする予定ですが、「グーなトラバ」にならないと思いますので、「最近の主なトラックバック」に加えてくださらなくて結構です。私のブログ名が並んでいると何か申し訳なくて…。(^_^;)

投稿 正己 | 2005.02.01 23:38

正己さま

 ご指摘ありがとうございます。リンク切れは明日チェックしておきますね。
 いまちょっと数十件という大量のスパムトラックバックを受けてしまって(海外のギャンブルサイト)それ消すのに大変で。
 「グーなトラバ」と称してサイドバーのトラバリストを手動登録にしているのは、この海外からのわけわかんない広告トラバがしょっちゅう来るからなんですよ。
 私が「他の人にもクリック勧めていいな」と判断したらなんでも「グーなトラバ」になりますから。なんも気にせずお気軽に。固辞なさるなら無理強いはしませんけど…

投稿 amasaki | 2005.02.02 00:33

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