里のサルとつきあうには
北海道に野生のニホンザルさんはいないのに、なぜか札幌の図書館に入荷していた一冊。
「里のサルとつきあうには 野生動物の被害管理」
室山泰之著
生態学ライブラリー21
京都大学学術出版会 2003/05
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ニホンザルの行動と地元住民の暮らし、うまく折り合いをつける方法を探っている。
被害の対策を考えるには何が足りないのか。
これまでは「被害発生の直接的な原因や解決方法の分析がほとんどなされていなかった」との こと。
読んでてびっくりしたのは「過去の被害記録を見せて下さい」と役所に行くと、慣例だか規則だか「5年以上昔の記録は保存していない」と返答されたというくだり。すごい。お役所仕事っ。
鹿や熊ならともかくも、ニホンザルでは群行動の生態学的データが全然蓄積されていないとのこと。個体や管理群の行動研究はなんぼかされていても野外の生態研究はダメダメだったとは…! 著者は「研究者としてやるべきこと、研究者でなければやれないことは山積している」と叱咤する。
欧米では「野生動物管理 Wildlife Management」なる分野が脈々とあるのだそうな。
これは「stewardship」から来ているんだろうなぁ。
「世界がわかる宗教社会学入門」
橋爪大三郎著
筑摩書房 2001年
p.18
私の友人のところに、霞が関から深夜電話がかかってきました。「地球環境の国際会議で、条約の案文にstewardship と書いてあるけれど、何のことかよくわからない」というのです。困った役人は、ロンドンから本省に電話し、本省でも誰もわからなかったので、とうとう友人のところに電話がかかってきたのです。
stewardship は「管理責任」と訳しますが、神が世界を創造したあと、その管理を人間に任せたという聖書の記事が背景になっています。要するに、人間が自由に自然を利用・改造していい(だから責任もある)という考えですが、ここから品種改良や捕鯨禁止や生物の多様性保護といった考え方が出てきます。驚くべきなのは、日本の一流官庁や国際交渉の担当者が、欧米社会の行動の根底にある哲学・宗教について、基本的なことを知らないという点です。日本人は、人間も自然の一部と考えるので、 stewardship の考え方はなじまない、案文から外してくれ、と交渉することも考えつきませんでした。
そんなこんなで、ことさらに遅れている日本の野生動物生態調査。
第5章で興味を惹くのが、地元の住人がニホンザルに対してはほかの野生動物に対するものとは異なる態度を採っているとの報告。
野生動物の中でも住民にとっては特別な位置を占めるニホンザル。
これはぜひ民俗心理方面の援用をして欲しいところ。
↓あたり絶好の考察材料かと。
「日本文化と猿」 大貫恵美子著 平凡社選書 平凡社 1995年
p.23
日本文化のコンテキストでは、「人間」としての条件を欠く孤立した存在は、ヒトであれ猿であれ、ヒトの基本的概念に対するアンチテーゼを体現しているがゆえに、禁忌の対象となるのである。

針葉樹林の植林がサル群の行動範囲を変化させてしまうデータも興味深い。
あと実施策としては…
まずはエサになるものを安易にゲットできる場所から撤去する。
生ゴミ対策や果樹配置を考える。
効果的なフェンスの設置、ネットの種類紹介、侵入ルートの確認と対策。
猿が忌避するものを置く。
エサに至るまでのリスクを増やす。
冒す危険と成果(エサゲットの量)が見合わなくなれば、自然に猿群は山に帰っていく。
やや苦言を呈するならば、これは同業研究者向けの本なのか、現場の人間(地元民含む)向けの本なのか、一般読者向けの本なのか、微妙に焦点が定まっていないところ。
きっぱりノウハウ本にするか、研究者の現場手記にするか、一般向けな読み物にするか、もう少し企画構成にまでかまけてくれていると推薦もしやすかったかもしれない。
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