日本人の高慢と台湾妖術対決
石川栄吉氏門下の研究者による論文集。
「民族誌の現在:近代・開発・他者」
合田濤(ごうだとう)・大塚和夫編
弘文堂 1995
小田亮(まこと)「民族という物語:文化相対主義は生き残れるか」にweb拍手を、馬渕悟「「うぬぼれ鏡」としての台湾原住民の日本人観」にへぇ〜5つほどを送りたいところ。
馬渕氏では、日本人が台湾原住民に提示した自画自賛虚像が、なぜまんま現代にまで受容保持されているか、それがさらに日本と台湾彼我の(不当な)関係を補強したり再生産したりしてしまっているか、が考察されている。

で、その「うぬぼれ鏡」の中で触れられている台湾の「霧社事件」、
霧社事件
霧社事件 - Wikipedia
この事件が、現代にまで残りくすぶる影を考察したものに
香川雅信「虐殺された妖術師」(所収:角川書店『怪』vol.0012) 2001年
がある。

霧社で昔、現地の呪術師たちと日本の術師たちとの死闘が繰り広げられたのだという、奇怪な巷説が、現代の霧社の地で語られている。
それはまさに史実としての「霧社事件」を裏返しにしたような奇態な構造を示す。
「霧社事件」の被害者と加害者がひっくりかえされ、しかも呪術の戦いという色をかぶせられて、恐ろしくも意味深な都市伝説となって流布し、住民に信じられているという。
(なんだろな〜、これって半裸入れ墨の呪術師と日本軍の軍服を着た陰陽師の対決、みたいな図になるの?)
このエピソードは、メッセージを効果的に伝えるために、すでにストックされている物語の構造を利用して別の物語を組み立てる、という人間の思考のメカニズムの一端を垣間見せる実に興味深い事例であるが、注意しておきたいのは、なぜこのような「説話」を創り出してまで、妖術の衰退を語らねばならなかったか、という点である。〜香川雅信「虐殺された妖術師」
構造主義 に興趣を抱く人にオススメ。
馬渕氏と香川氏の論を合わせ読むと、とても興味深い絵が浮き上がってきそうである。
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