国家を作る文字、妖怪を作る印刷
文字と印刷。 それが人の世に与える影響。

「社会人類学 アジア諸社会の考察」
中根千枝著
講談社学術文庫 講談社 2002/04
[ Amazon ] [bk1]
人類学入門者にオススメ。
アメリカ、イギリス、フランス、日本における人類学の流儀差については 文化人類学 - Wikipedia でも読める。(2004年08月時点)
で、その手の流儀差、アメリカとフランスの動物行動学においても、なんかあるような気がしているんだけれど、どこを調べればいいんだろう…とおぼろげにかねてより。
「社会人類学 アジア諸社会の考察」p.69
一つの国が歴史に登場してくるということは、国としてその社会が対外的にコミュニケーションができるようになったということであり、それは内部的な統合[中略]を象徴する、対外的な対応を可能にする王ならびに政府の存在を前提とし、ソトの相手と交流できる文字を使用しているということである。つまり、その社会の一部に文字を使用できる中枢があるということである。
現存する”文字なしの社会”をどう尊重し保護していくか
┗イゾラド :「言語消滅=思考の貧弱画一化」末尾のコメント欄参照
文字がない社会は劣っているわけではない
文字のない言語は劣った言語ではない
┗「言語消滅=思考の貧弱画一化」の7月追記部分参照

湯本豪一著
光文社新書
光文社 2003/07
[ Amazon ] [bk1]
蒐集家の目で記された一冊。
うがった細部分析などはあとわましな感じ、でも探求や網羅の楽しみは伝わってくる。

印刷、錦絵が、妖怪の有り様に大きく作用した。
ビジュアルが固定され、カタログに釘打たれ、さらにはキャラ化して役は振られるわ(風刺絵)、新参&使い捨てのマイキャラが過剰生産されるわ(双六・手品他)…
印刷技術が普及しなかったとしたら、「妖怪」という呼称の成立さえおぼつかなかったかもしれない経緯。
言うなれば、 一つの妖怪が錦絵に登場してくるということは、キャラ(イコン)としてその妖怪が手軽に流通しうるようになったということであり、すでに一つの形として手軽に人口に膾炙(かいしゃ)しうる形態が成立していることを前提とし、云々 ですな。
しかし、あまた挙がる種々の妖怪絵、いちいち由来経歴が定かではなかったり、位置意図が謎だったり、当時の習俗のかすかな手がかりだったり。わずか数世代前の我々の暮らしがここまで忘却紛失されてしまっているのかかくも自文化の伝承は脆(もろ)いものなのかと唖然とすること度々。
ビッグ・ブラザーはあなたを看ている。看ていなくても歴史は雲散変質する。
それにしても、錦絵の構成やレイアウトのみごとに美しいこと。
近隣の中国や韓国ではもののけイコンの流通はどんな感じだったんだろうなぁ。
明治時代の新聞に登場する妖怪記事妖変事件は
「明治妖怪新聞」 湯本豪一編 柏書房 1999年
が面白かったよ、と付記しようと思ったらこれ同じ著者じゃん。
さすが恐れ入りました。
へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし情報庫: 人類学、妖怪、民俗学 言語
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