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2004.10.27

階級差別とスーパーヒューマン

この社会には「階級差別」はありますか?
それとも「俗物根性」のほうがお盛んですか?
あなたには「優越感」は必要ですか?

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「スーパーヒューマン 人体に潜む驚異のパワー」 ロバート・ウィンストン卿/ロリ・オリヴェンシュタイン著 二階堂行彦訳 清流出版 2004/05(原書2000)
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「アメリカ人の俗物根性を仔細に大解剖」  ジョゼフ・エプスタイン著 廣岡結子訳 はまの出版 2003/05(2002/SNOBBERY)
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 欲望とは何だろう。

「スーパーヒューマン 人体に潜む驚異のパワー」
 まずはこちらから。

 遺伝子療法や再生医学、移植医療、生殖医療が主題だが、やや内容的に古い上にミョーな楽天さがちょっと気持ち悪い。
 原書は ストックとフクヤマの本(2002/04) が出る以前のもの、それが今年になって邦訳が出たと。
 しかし、4年前ですでに「古い」と感じてしまう、この流れの過剰な早さは、もしかしたらヒトの情報共有能力上すでに何か致命的なものをはらんでいるような気はするんだが。

 「生きている」というのが地面だとすれば、「もっと生きたい」が地面の上、「どうして生きたいと思うのか」が地面の下かな、と思う。
 進化心理学は地面の下系だと思う。
 で、この本は地面の上。「もっと生きたい死にたくない」という欲と夢ばっかで、どうしておのれは生きたいと思うのか、なぜその欲があるのか、根っこのところはすっとばしてなきものにしている感じ。
 再生延命欲。
 おのれの欲望と価値観を疑う頭が見あたらない。

 なぜこの訳者は「遺伝子治療」ではなく「遺伝子療法」と訳したのかな。

「スーパーヒューマン」p.272
 スーパーヒューマン医療は、すばらしい新世界へとわたしたちをいざない、ときにはそこへ向かうように後押しし、声高に急き立てる。しかし、20世紀における医学の飛躍的な進歩と同様に、遺伝子療法や再生医学、移植医療、生殖医療は、わたしたち人間を超越した存在につくり変えようとするものではなく、生きるということを満喫し、苦痛のない健康な生活を送り、不具合が生じたときにすみやかに完全に体を修復するためのものである。言い換えれば、ほんとうのスーパーヒューマンになるのではなく、ただ満ち足りた人間になるためのものなのである。

 なんだろう、これは何かの性善説盲信の一種なのかな。

 自動車産業は、すばらしい新世界へとわたしたちをいざない、ときにはそこへ向かうように後押しし、声高に急き立てる。しかし、20世紀における自動車工学の飛躍的な進歩と同様に、通信手段や物流産業、資本主義、効率主義は、わたしたち人間を超高速人間につくり変えようとするものではなく、消費するということを満喫し、待ち時間のない健康な生活を送り、欲望が生じたときにすみやかにあらゆる物欲を満たするためのものである。言い換えれば、ほんとうのスーパーヒューマンになるのではなく、ただ満ち足りた人間になるためのものなのである。

 ↑ちょっと遊んでみた。
 だって「満ち足りる」という意味がすでに何かオカシイ感じがして。
 「満ち足りる」とは何か。
 そこを考えていない。地面の下、欲望のモトを考えていない、それが気持ち悪い。

アンカー 【放射線を浴びたがる人がいるという話】

 先進的医療(遺伝子治療など)に協力すべく申し出て、失わなくてもよい命を失った人の話もいろいろ出てくる。
 自動車がもたらす利益で自動車による殺人発生(要するに交通死亡事故)を容認しているこの社会、そんな絵も想起する。
 放射能の影響を調べている研究者の元に、「お役にたてるなら私が喜んでプルトニウムを飲みますよ!」と申し出てくる人々の話も思い出す。
 …何かがオカシイ。
 プルトニウム人体実験に志願する人が多かった件に関しては、これ単にアメリカンなレベルの低い勘違いが蔓延していたせいかもしれない。おそらくこれが天然痘や炭素菌の人体実験であったならそんなに志願者数は多くなかったろうし、放射能や放射線で「スパイダーマン」や「超人ハルク」や「巨大タコ」になれるかもしれないというトンデモな思いこみが当たり前なお国柄だし。

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「プルトニウムファイル 上」  アイリーン・ウェルサム/著 翔泳社 2000年(1999/The Plutonium Files) 
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「プルトニウムファイル 下」  アイリーン・ウェルサム/著 翔泳社 2000年(1999/The Plutonium Files)
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 数々発生し、数々行われてきた放射能に関する人体実験!
 無断で放射能を注射された人、職務で放射線を浴びに行った人…
 あまた情報と事例が記述されているのだが、それをどう受けとめればいいのか解釈指南は少ない。
 人間の生命とは、本来はこのようにうすっぺらく安価なものだったのかもしれない…!?

〓ガラス棒〓

「アメリカ人の俗物根性を仔細に大解剖」

 原題は「SNOBBERY」。
 この本は、まず第二章の「スノッブとはなにか?」から読み始めたほうがわかりやすいかもしれない。
 どうも「俗物主義」とか「スノッブ」とか言われても、外来の輸入概念なので何のことやら説明してもらわないとわかりにくい部分がある。

「俗物根性」
p.25:俗物性の本質は、他人を「犠牲にして」自分は優れていると感じられるようにすること
p.27:スノッブには基準がひとつしかない。「他人との比較」である。そして比較は当然のことながら競争や張り合いを意味し、ほとんどつねに妬/ねた/みを抱くことになる。
p.114:一般的な定義では、自分のほうが優秀であると思い、多少「注目」されたがっている人をスノッブという。
p.206:俗物主義とは、隣人の個人的な存在を否定するか、認めたとしても自分より劣る地位しか許さないことを指すといっていい。

 「他者との比較で自分をほめる人間」
 「誰かを貶めることによって安心しようとする人間」
 優越感中毒、かな。

 あなた、優越感なしでこの世の中、生きていける自信はありますか?

 で、この著者が述べる「スノッブとは何か」を見ていくと、民主主義日本的にも微妙にぎょっとするようなくだりがある。

 階級がはっきりしていた旧社会では自分の境遇に甘んじる部分があった。
 階級制が崩壊した新世界では、自分の地位を保証してくれる「身分」がない。明日の保証さえない底なしの恐怖がすぐそこにいつも控えている。

「俗物根性」p.45〜46
 メンケンが強調したかったのは、アメリカ人が立っているのは凍ってつるつるの斜面で、「少しずつ」上りたいとは思うが「滑った場合に保護してくれる……階級の壁がない」という点である。彼は「安定した地位などというものを知っている人は、実際のところだれもいない」と書いた。真の貴族階級が存在せず、他の肩書だけはたくさんあるアメリカに、地位が安泰な人はいないと彼は論じる(トクヴィルは「アメリカ合衆国ほど個人財産が不安定な国はない」と書いた)。

 古式ゆかしい身分制度がなく、成り上がりが可能な社会では、スノッブが幅をきかせると。妬みあいが盛んになると。
 ひところのバブル期や、今も一部の層で姑息な優越感を得るために他者を蔑みの目で見る、そういう姿勢が蔓延していたような気がする。
 地位が不安定であるからこそ、他者の目を気にするからこそ、蔑める相手、優越感を持てる相手としての他者を求める。
 身分制が生きていた旧社会ではそのような傾向は少なかった?

 他者との比較で自分を誉めている人間=誰かを貶めることによって自分を安心させている人間は、今の位置にとどまるためには、常に他者とおのれを比べて優越感を持ち続けられるよう走り続けねばならない。
  赤の女王 に支配されている人々。

「ドクター・タチアナの男と女の生物学講座 セックスが生物を進化させた」
p.305
赤の女王仮説という名称は、『鏡の国のアリス』から採られたものです。赤の女王はアリスに言います。「この国では、同じ場所に留まろうとするなら、全速力で走り続けなければいけないのさ」。つまり、今の状態を維持したいなら、変わり続けなければいけないという一」と。

「俗物根性」p.119
 これによって世間がばかばかしく思えるとすれば、だれよりもばかばかしく思っているのはスノッブである。スノッブはしばしば、自分がいる地位にとどまるためだけに速く走らねばならない--というのも、彼または彼女が競争の場にいたいと願うなら、どんな社会階級に属していようと、その頂点に達するか少なくともそこへ近づくことを目標としなくてはならないからだ。しかし、むずかしいのは、ステータスがすべての人をスノッブにしうる点である。特に、ステータスがもはや持って生まれるものでもなければ、業績と関係があるともかぎらない現代においては、それを無視するなどとてもできないからだ。

 この赤の女王の塊は、民主主義と平等主義がもたらしたものなのか。
 この赤の女王競争の流れの過剰な早さは、人間性質のキャパシティをオーバーしつつあるということはないだろうか。
 しんどくないか? 際限のない競争は。
 古式ゆかしい(?)階級制度は、現代的には一方的に無知蒙昧のたまものとして忌み嫌われているが、実は過剰な赤の女王レースを抑える効果があるという点でしかるべく優れた制度であったとか?(もしかしたら人間性質に対してそれなりに適応的な部分があった?)
 >参照: 「<女中>イメージの家庭文化史」 互いの関係が封建的だとみなす視点は持たず、美風として成立していた身分階級制度。

 優越感にひたりたい人々は、自分の周囲を人間を利用して、自分の栄誉欲をくすぐる。

「俗物根性」p.137
 これは裏を返せば、自分の友人や隣人よりもほんの少しだけ上のものを持ちたい、という願望でもある。「Luxury Fever』という本を書いた経済学者のロバート・H・フランクによると、アメリカ人の大半は、他の人たちの年収が二〇万ドルの場合に自分が一一万ドル稼ぐよりは、他の人たちが年間八万五千ドル稼いでいる状況で自分は一〇万ドル稼げればいいと考える、という。つまり、人が自分よりももっと収入が低いと確信が持てれば、私たちは低いところで安住するということだ。

 スノッブによる一方的な蔑みは、見当違いな基準でも行使される。
 相手の人格ではなく趣味の良し悪しで測ったり、学歴やふところぐあいを人格とイコール扱いしたり。
 金持ち=いい人?
 高学歴=いい人?
 ブランド好き=いい人?

 うちの子のほうが、俺の車のほうが、私の出身校のほうが、このバッグのほうが…

「俗物根性」p.102
スノッブがまちがっているのは、気立てのよさよりも趣味のよさを重んじる--いや、ほとんどすべてのことよりも趣味のよさを重んじる点だ。たしかに趣味がよければ、生活に調和や優雅さや上品さが生まれるだろう。しかし趣味のよさを自慢すれば、スノッブになりかけていることを示すだけではない。それは見苦しく、その行為自体がまぎれもなく悪趣味なのである。

 趣味は流行によってうつろう。
 うつろう流行に遅れたら、自分は蔑まれてしまうかもしれないと感じて焦る、その裏側には、流行基準で他者を貶めてしまっているおのれの浅はかな価値観が、大きな尻を見せているわけで。

 他者から蔑まれるのがイヤだと思っている人、他者に負けるのがイヤだと思っている人、それはすなわち、その人が他者を日頃から蔑んでいることの現れなのであり、他者を負け犬だとみなすことに快感を覚えるような人なのである。

挿画

 ところで。
 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、それぞれに確実に方針差倫理差指向の差はあると思うのだけれど、どうも見えづらい。このあたりを明確に描き出してくれている何かもしくは誰かはどこかにあるだろうか。

 「スーパーヒューマン」のp.137はちょっと面白かった。
 「脳」が「アメリカ方式」だと言うくだり。
 つまり、脳細胞は大人になったら増えないし最初から役割が決まっている、という「階級が固定されたイギリス式」ではなく、成長後も脳細胞は増えうるし神経幹細胞は自在に移動していろいろな種類の神経細胞になることができる、「アメリカン・ドリームが健在なアメリカ式」なんだよと。
 この手の物言いはアメリカ側の書籍ではなかなか見られない。
 階級制コンプレックスのイギリスならでは、アメリカとの対比で思考しがちなイギリスならでは、しかも著者は貴族、…なかなか。

 「アメリカ人の俗物根性を仔細に大解剖」では、逆にアメリカ人が持つヨーロッパ・コンプレックスについて言及されている。
 優越感を持つために、欧州人の真似をする、イギリス人の真似をする、おフランスの真似をするアメリカのスノッブたち。
 「スーパーヒューマン」@イギリス貴族のアメリカコンプレックスの裏返しを見るかのよう。
 互いにオリエンタリズムのような勝手な願望と幻想を他者に押し付けて…。

 ふと”大阪の東京嫌い”を想起したりもするが。

「俗物根性」p.104
 スノッブのいない領域というものはあるのだろうか?つまり、いまとはちがう地位になりたいとも思わなければ、自分の地位が侵される、あるいは蔑まれるのが不安で、他の人を排除する必要もない、ありとあらゆる俗物主義的な関心とは無縁の場所のことだ。スノッブのいないこの領域は、神々の優遇を受けた人の住む非常に小さな島であることはまちがいない。だがしかし、どうすればそこへ行けるのだろう?

 他者の目からの自由。
 赤の女王からの自由。

 平等主義も答にはならないらしい。
 「私はあの人より平等主義だわ」というスノッブがそこここに居たりする。
 宗教は答にはならないだろうか。
 「私はあの人より信仰心が厚いわ」というスノッブから自由であれる宗教とは。
 いや、哲学とは。

 「満ち足りる」とは何か。
 「スーパーヒューマン」で言う「満ち足りる」が、「他者との比較で満足する」ことを言うのであれば、それはけして満ち足りることを知らない飽くなき欲望追求の、赤の女王レースになってしまう。
 「満ち足りる」とは何か。
 自分の欲望は何なのか。
 罪ではない欲望とはどのようなものか。
 おのれの欲を疑わない自分がそこにいなかったか。

 ひと味違った透徹した優越感を持ちたいのであれば、もうそろそろここを見極めることを考えてもいいかもしれないと思うのだが。

cover

Envy: The Seven Deadly Sins
 Joseph Epstein (著)
 2003/11

ジョゼフ・エプスタインの別著:「嫉妬(シリーズ七つの大罪)」

 身分制を復古させろてぇ話じゃない。
 自分の優越感中毒をたまには省みろという話だ。

〓〓〓 EP 〓〓〓

追記:ヒトはなんとさもしい動物であることか
2007/11 【日本語記事】Science日本版 
社会的比較はヒトの腹側線条体における報酬行動関連の脳活動に影響を与える
Social Comparison Affects Reward-Related Brain Activity in the Human Ventral Striatum
報酬の絶対額でな く、被験者の得た報酬の差が、腹側線条体における血中酸素濃度依存性反応に影響を及ぼす
もらったお金に満足か否かは、同僚との比較しだい
2007/11 EurekAlert Money motivates -- especially when your colleague gets less
お金が — 特にあなたの同僚がより少なく得るとき — 動機を与える
2007/11 【日本語記事】Science日本版 満足感は人との差が大事!


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情報庫: 再生医療   社会学   赤の女王   心理



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