続・西洋vs東洋
●「人格障害という輸入概念と文化心理学的解釈」 の続き。
「障害」や「病気」は社会(主流な共有価値体系)にとって都合が悪いものが押し込められるカテゴリー。そうやって貶められ厭われる対象は、社会や時代で異なりうる。
時や所によって、病気扱いされるものは異なっているのである。
その端的な例が「医学の限界」に載っていた。
「医学の限界」
Edward S.Golub著
新興医学出版社 2004/04
(原書1994/The Limits of Medicine)
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医療史が中心の、著者の私見みたいな本。
さすがに内容的に古いし視点は西洋中心、ケガレ概念を信仰迷信扱いしてくれてたりするしいまいち
p.3〜
歴史の中から際立った例を挙げるなら,逃亡狂と呼ばれる「病気」があった。奴隷の逃亡に対する飽くなき欲望はルイジアナの医師サミュエル・カートライトによって1851年に病気として同定された。カートライトは冗談ではなく本気だった。ルイジアナ医学協会の彼や仲間にとって,南部の黒人は隷属するのが正常であり,白人は彼らを所有するのが正常な状態であった。この規範から外れる者は「病人」であったのだ。
西洋側社会の都合として生み出された「人格障害」カテゴリー。

●文化間の心理差を見据える、といえば、この本も思い出す。
「多文化間カウンセリングの物語(ナラティヴ)」
S.マーフィ重松著 辻井弘美訳
東京大学出版会 2004/03
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これ読んだときの一行感想で、私は【アイデンティティとレッテルの確執に気づけるか否かが鍵、ホーリズム系統】と記している。
心理と多文化とナラティブ(語り)の坐りと。
ここまで行くと、なんかもうアートの世界だなと思ったりする。
理屈じゃない。
一人対一人。
存在と存在の対峙。

●「日本人の健康執着と身体観の大転換」 も見ておいて欲しい。
ほんの100年ほど前、我々の曾祖父さん曾祖母さんの時代に、日本の身体観や歴史観、道徳観が、西洋の影響で大幅に変化しはじめたという話。
過去と先祖に是を置いていた東洋的世界観が、未来と革新に是を置く西洋的世界観に大きく侵食されとって変わられた。
見ておいてくれ。
見ようと思えば文明の衝突は古今東西いたるところにぎょうさん見いだせる。

文化と心の関係、さらには
● サピア=ウォーフ仮説再考
もご参照なさって下さると面白いかと。
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