絵で見る江戸の病と妖怪
これは楽しいわ。
江戸時代にはことさら「妖怪」という概念区分がなかった、という状況が百聞は一見にしかずでよくわかる。
「絵で読む江戸の病と養生」
酒井シヅ著
講談社 2003/06
[ Amazon ] [bk1]
ビョーキや薬や災難や、を絵にあらわすとしたらどう描くか。
現代なら、ビョーキのイコンは「病巣の図」「病原菌」とか「寝込む人物像」とか、臓器とか発熱とか医者とか病院とか、なところ。
江戸期のちらしに「病」として登場するのは「悪鬼」であり、病魔の象徴としての鬼神怪神。人間の形をしている。
そんでもって、「薬」や「医療道具」も人間の形だったりする。
首だけ「薬の袋」や「おふだ」「良薬」「軟膏」「薬研」でそれに人間の体がくっついていて、病魔の象徴としての鬼神怪神をやっつけてくれてる図。
ハッピを着たおじさんの頭がミカン。
ケツをまくったイナセな兄さんの顔が薬札。
現代でもこの手の図は普通にある。
虫歯菌やばい菌が、シッポはえた悪魔怪人のカッコしてヤリ持ってて、それを首だけリンパ球や首だけ白血球の人型キャラがやっつけてくれてたりする、アレ。
でもって、江戸期のそれら異形人型は、もう全然いわゆる 付喪神(つくもがみ) と渾然一体レベルで。どう違うのかと。
事象を図絵に表すとすれば、マス(多人数)がイメージを自然に共有する上で流通しやすいパターンというのは時代を問わずやはりあるもので、いまも普通に用いられる擬人化表現、それが江戸期のファッションと文化の中で普通に受け入れられ思考枠として機能流通していた、それともう付喪神というカテゴリーはこれどこがどう違うのかと。

薬も病も擬人の付喪神状態。 すべてイコン(象徴)は妖怪レベル。
こんななかで特にどれが「妖怪」であったのかと切り離すのもおこがましい。
近年受け入れられてきている江戸期の妖怪観:当時は「妖怪」に該当する概念カテゴリーはなかった、単に大きな「怪異」や「ばけもの」のごときくくりが漠としてあっただけである、という状況が実際に目で見て取れる。
「妖怪」を想定することによって、江戸以前の暮らしと意識を「蒙昧で異質なもの」として扱うか、中に踏み込んで「当時の条件に適応的な文化と情報共有のありよう」を考察していくか。植民地主義的に見るか文化人類学的に見るか。
図版が豊富な眼福本として一読おすすめ。
へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし情報庫: 民俗学
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/863/2005229
この記事へのトラックバック一覧です: 絵で見る江戸の病と妖怪:







コメント