失礼な遺伝学、偏向する科学者感覚:98%チンパンジー
遺伝学者はこんなに間違ってますから! 偏向だらけですから! 残念!
![]() 「98%チンパンジー 分子人類学から見た現代遺伝学」 ジョナサン・マークス著 青土社 2004/11 (2002/ What It Means to Be 98 Percent Chimpanzee ) |
これもなぁ。
タイトルだけ見たら、最先端の遺伝学研究を紹介して、人類の系統とか、動物の遺伝子とか、遺伝病の研究状況とかふつうに並べているのかな、とそんな風に思えるが、
中身は全然違う。
最初から最後まで、傲慢な科学者とひどい研究&解釈が横行している、ええかげんにしなはれ!という、口酸っぱくくどくどしいにもほどがあるようなボヤキのオンパレード…。
タイトルを付けるなら、「遺伝子万能神話をぶっとばせ:科学者・医者・雇用主・保険会社・教育者および警察や検察は、遺伝がらみの情報をどのように生産し、操作しているか」みたいなベタなものにしても良かったんじゃないか。
過去の科学の研究には、その時代の影響を受けてひどく偏った物の見方をしていたものが数多くあった。
┗ 「政治する考古学、偏向する過去解釈」
今はそれは減っているのか?
科学者は頭いいし科学は十分発達したし、偏りは減ってきているって言うじゃない?
でも、あなた、最先端の遺伝学や進化心理学でも、実際には傲慢な偏見と偏向はいまだにたくさんあふれかえってますから、残念!
とこの本の中で延々ぼやく著者は、人類学者。(文化人類学者:海外ではけっこうごっちゃ)
きょうび遺伝学やバイオサイエンス、行動遺伝学者、進化心理学者らのセリフや、科学報道でふつうに散見される偏りとフカシ(ホラフキ)が気持ち悪くてしょうがないらしい。
哺乳類、哺乳類、お乳をやるから哺乳類、だからこそ母性が大事よ母乳が大事よ …って言うじゃない?
でも、あなた、哺乳類という名称は、言い出しっぺのリンネさんが当時の”乳母雇い”流行が嫌いで「哺乳類である女は自分の子に乳をやるべきなのだ」と主張したくて哺乳類って名づけただけですから、残念!
哺乳類は「一顎骨類」という名前でも十分良かったんですぅ 斬り!(p.70)
白人、黒人、黄色人種、世界の三大人種です …って言うじゃない?
でも、あなた、どう考えても人類学的&遺伝学的にその分け方は無根拠にめちゃくちゃですから、残念!
三大人種は社会的偏見が生んだまぼろし、前提を間違って白人、黒人、黄色人種でサンプル比較をしても意味はございませんン 斬り!(p.115)
「98%チンパンジー」 p.179(白人、黒人、黄色人種でDNAの違いを探す遺伝学者たち)
彼らには根底にある人類学の理解が欠けていた。馴染みのある人種集団に真の生物学的な重要性があるという仮定に立って、その分類を用いて科学的な問題を構造化しようとした。諺にもあるように「ゴミを入れればゴミしか出てこない」。
同性愛、ホモセクシャル、ゲイの遺伝子があるのです、同性愛は遺伝です …って言う人がいるじゃない?
でも、あなた、同性愛というくくりはただの行動様式。そんな社会的通念でしかないしろものは生物学的にも遺伝学的にも使い物にはなりませんから、残念!
同性愛とアイデンティティがくっついたのはただの一時的な流行、特定の文化でしか通用しないんだよぉ 斬り!(p.156,208)
遺伝学から知能は予測できませんから、残念!
遺伝学からお子さんの才能は予測できませんから、残念!
遺伝子研究で障害の原因はわかっても、正常な体のこしらえ方は全然わかりませんから、残念!
行動障害を伴う遺伝障害から行動遺伝や犯罪性の研究はできるというのは間違いですから、残念!
遺伝学上、人種という概念は存在しないのだと証明できても、世の中の人種差別はなくせませんから、残念!
リチャード・ランガムとデール・ピーターソンは 『男の凶暴性』は遺伝子のせいだと言うけれど、まだ全然そんな遺伝子見つかってませんから、残念!
現存する狩猟採集民族やチンパンジーをいくら調べても、 『人間の本性』などつかめませんから、残念!
「98%チンパンジー」 p.188
無邪気な遺伝学者は、遺伝学は人種が存在しないと証明することで人種主義の土台を掘り崩すだろうという話をしてくれることがある。
勝手に夢を見続けるがよい。
分子人類学の見方から明らかにできる要点は、集団憎悪が遺伝学の問題でなく、通俗遺伝観の問題であることだ。いったいどのような生物学的特徴が、ある集団に属するすべての入間に対しては芯髄まで永遠に刻み込まれていて、別の集団の構成員には刻み込まれないというのだろうか。人間はいろいろなことを争い、勝つためには相手を非難したり、しばしば悪魔に擬することもある。敵対関係が人間集団の間のものであればあるほど、抗争の本質が相手集団の人々のうちに具体化されて、彼らが憎悪の対象になる。
しかしその具体化は象徴的なものであり、生物学的なものではない。
だから遺伝学は人種主義問題の解決には役に立たない。人種主義は、遺伝の科学とほとんど関係がないのだから。それは遺伝学よりもはるか昔から存在してきた。
これらのくどくどしいまでのぼやきは、「人類学の知見を少しでも踏まえてもらえていたらもっとマシなことができていたろうに」という著者の憤慨から来ている。
「98%チンパンジー」 p.8
人類学はいつも、仲介の分野であり続けてきた。
p.236
文化のない人間の本性など存在しないのだ。人間はアーティチョークではないのだから、とげのある文化の葉を一枚ずつ剥いていって、芯にある軟らかい「自然人」だけを剥き出しにすることはできない。
仲介者としての文化人類学者。
そういう自負が、彼を突き動かしている。
科学における人種差別屋や植民地主義者に向かって、あんたがたのやり口はひどいじゃないかと。もっとマシなやり方をしてくれよと。
遺伝研究者は、科学は学んでいても、民衆に対する「礼儀」を学んでいないから…
「DNAサンプルの提供を拒む原住民はバカだ」
「DNA特許は俺のモノ、宝を持ち腐れていただけの素人に払う金はない」
「98%チンパンジー」 p.274(虐げられてきた先住民から貴重なDNAを採取したい科学者たち)
この科学者たちは、自分たちが代表するその当の文明の手で土地を盗まれ、生活様式を根絶やしにされ、絶滅に追い込まれた先住民に取り組もうとしていたのだ。
そして今度は血液が欲しいという。
遺伝学者側の文化観は驚くようなものだった。生活様式や存在自体が集約的な開発によって危険にさらされている人々にしてみれば、その「細胞」を保存するなどという話は、いかにも皮肉な遺伝信奉主義/ヘレディタリアニズム/を物語るものだ。遺伝学者は彼らの習慣、彼らの土地、彼らの伝統、そして彼らの生命よりも彼らのDNAの方が価値があると面と向かって言おうとしていたのだ。そのような優先順位を先住民たちが共有できないことを知った科学者たちの驚きを想像してみるとよい。
バイオ屋さんは論文での見栄の張り方は学んでいても、その見栄張りが及ぼす影響が何を招くかという考察は研究上の損得に関係ないので想像したこともないから…
「この研究でもうすぐ癌が克服できるのです」
「ここをもっと調べれば寿命が延びて幸福になれるのです」
「この遺伝子を調べれば犯罪行為を減らせるのです」
おい、ほんとか?
ハイプ。
虚飾。
ほらふき。
boasting。 おおげさ。
※参照 「バイオ報道の妄想」
仕方ないかもしれないとは思う。
”学問”ではあれ、文化屋とDNA屋とではやってることが違いすぎる。
分野によって、科学をする文化的環境が違いすぎる。
文化人類学は異文化に対するデリカシーが何より第一。各文化における社交の研究が大事であり、加えて研究者間や関係諸機関・諸国との協力関係維持が重要。他者に対する配慮も慎重さも不可欠。
遺伝学は見栄と競争が目立つ世界。資金獲得やらライバルとの張り合いやら応用してくれる企業との利潤確執やらが第一になりがち。なにより社交研究に縁のない分野なので、異分野に対するデリカシーなど全然頭にない言動が横行しがち。
でも、実際問題、遺伝研究では「この研究が進めば***が可能になるかもしれません」というハイプ(おおぶろしき)はふつうに無節操にあたりまえになってしまっているし、いまさらそこにちゃちゃ入れても何もとまらないし少々のことでは変わりはしないと…思う。変えるべきなのだろうけれど。
「98%チンパンジー」 p.315
人間の幸福や気持ちを顧慮しない科学は正当化が難しい。
いや、偏った科学者は「科学側に来ればみんな幸福になるんだよ」という信仰の中にいることが多いわけで、すなわちそれで「人間の幸福や気持ちを考慮しているつもり」なのだから…。
自分がどう偏っているのか省みる以前の段階の研究者たち。
「98%チンパンジー」 p.362
「遺伝学者」という語を「謙虚」という語で修飾するにふさわしい場面など、ほとんど出くわすことはない
〜中略〜
彼らには事実と、主張される事実の区別がつかないのだ。
p.363
自然と文化の間で事実がやりとりされる方法、その事実が事実性を獲得する方法は、科学者たちの正式な教育には含まれていないのだ。彼らは自然を読み取っていると信じるように教育されているだけだ。
なんと嘆かわしいことだ。
科学者たちのこのような教育をものともせずに科学が進歩していることが、不思議に思われるほどだ。
あまりこんなことばかり並べていると「科学者がひどい」ように思われるかもしれないけれどそりゃ違う。
科学者もデリカシーの点では素人とたいして違わないことがある、ということなんだろう。
専門外のことでは専門家は素人と大差ない。
素人と同類。 つまり、「普通レベル」。
頭がいいほうが幸せなはず。
障害はないほうが幸せなはず。
おのれ含むニンゲンの性質を理解せずに、人類の遺伝子を偉ぶって語る一部の科学者たち。
一般人がやってるひどいことを、彼らもやっているだけのこと。

「98%チンパンジー」 p.205
進化心理学はダーウィンのマントをまとって、我々の行動的、精神的な知的なレパートリーが進化してきた理由を教えてくれる。しかし残念なことに、それは(一)我々の行動的、精神的なレパートリーの基本的な諸要素を突き止めること、(二)それらの進化の歴史を明らかにすること、(三)そうした推論が単にその時代の社会的価値観を投影したものでなくて、根底にある人間の本性を反映していることの証明が、それほど得意ではないようだ。
確かにね。
進化心理学的には「これをさらに研究すればかくかくについてもっと何かがわかるかもしれない」と邁進なさっているのだが。証明が下手なのか研究が未熟なのか。
もっと良いやり方が見つかりさえすれば、もっと知見が蓄積できれば、進化心理学的に人間行動学的に行動遺伝学的にもっと何かはっきりしたことがわかるんじゃないか。そういう予見と予断と希望的観測はいつもまつわりついている。
これとか通俗進化心理学を読むたびに、頭はなんぼか痛くなるが。
↓
「いじわるな遺伝子 SEX、お金、食べ物の誘惑に勝てないわけ」 テリー・バーナム/ジェイ・フェラン著 日本放送出版協会 2002/01 (原書:2000/ Mean Genes)

● p.306からと388、ケネウィック人問題について紙数を費やしてある。
● 「エルドラドの闇」については2箇所で言及あり。(けどなんで訳のほうで統一できてない?)
「98%チンパンジー」
p.230
パトリック・ターニーの著書『エル・ドラドの暗黒』
p.382
最近出版されたパトリック・ティアニーの本『黄金郷の暗黒-科学者とジャーナリストによるアマゾンの荒廃』は、野心のある非情な科学者によるアマゾン盆地のヤノマモ族の科学的、経済的、性的搾取を暴露して、人類学者の痛いところを突いている。残念なことに『黄金郷の暗黒』は暴露本に要求される基準を満たしていなかった。
両方とも人類学的にえらい騒ぎが延々続いていた事件なのだが@欧米、これ日本ではどこかで騒いだ?
全然日本的には関係ない話だった?

で。
なぜこの「98%チンパンジー」は、舌鋒の勢いにも関わらずあまり話題にならなかったのはなぜか。
勇み足? 空回り?
暴露本に要求される基準を満たしていなかった?
なりふりかわまぬ八つ当たりのような印象も否めない。
もう少し抑えて、書くべき点書かずにおくべき点をさらに再考し取捨選択して、この本は書かれるべきではなかったかと思う。
願わくば、実際に攻撃対象の研究者がどんなナラティブと感性の中でかような所業を行うのか、そこを現場取材から分析し委細明らかにしてくれんことを。
大上段に抽象的な指摘では現場に響かない。
人類学的知見にうとい人間には積年の思いは簡単には通じない。
具体例を、のがしようのない実例の蓄積をもっと。
遺伝研究に携わる人間との交信を。もっと。

日本はどうか。
「近親性交とそのタブー」で試みたような、文化人類学者と異分野との対話はその後も行われているのだろうか。
それともつかのまの邂逅でそれきりになってしまっているだろうか。
※ 「近親性交とそのタブー:文化人類学と自然人類学のあらたな地平」 川田順造編 藤原書店 2001/12
※ メタサイエンス、仲介者としての文化人類学について↓
![]() 「人類学的認識論のために」 川田順造著; 岩波書店 2004/08 |
※参照 「バイオ屋と人類学屋の間の壁」
へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし●情報庫: 文化人類学 科学と社会 進化心理学 優生学 人種 遺伝子、ゲノム 行動遺伝
なお、上に混じっている波田陽区ごっこは実際には「98%チンパンジー」の中ではやってませんから、残念!
| 固定リンク








コメント
「この研究でもうすぐ癌が克服できるのです」
「ここをもっと調べれば寿命が延びて幸福になれるのです」
「この遺伝子を調べれば犯罪行為を減らせるのです」
こんなこと言うのは工学者じゃあないの?
理学者がこんなこと言うの?
投稿: いう | 2005.07.05 20:54
ん?言ってない?
うちの
http://tinyurl.com/g6k2
にある各記事を眺めても?
投稿: amasaki | 2005.07.06 14:13