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2005.01.04

物語というプラシーボと人生

 プラセボの話かと思わせておいて、あにはからんや、患者の心や医療現場とカウンセリングの話に持っていく、けっこう力のある一冊。

表紙洋書
「プラシーボの治癒力 心がつくる体内万能薬」  ハワード・ブローディ著; 日本教文社 2004/07
(原書:2000/ The Placebo Response)

プラシーボ、またはプラセボと呼ばれるもの:
 ・ プラシーボとプラシーボ効果について @おないとおる氏
 ・ プラシーボ効果 治験ナビ
 ・ プラシーボに関する記事・報道

 この本、「プラシーボの治癒力」は、前半は、プラシーボの効き方、効く率、効く人のタイプ、実効性、などについて紙数を費やしている。

 後半は、プラシーボは畢竟意味と人間関係である、というところから、プライマリケアにおける心がけや、精神保健〜うつ病対策、患者が抱える病の意味を解きほぐす作業、などが、すなわちプラシーボとしてより良い生き方の構築と病の解消に役立つのだと紹介していく。

 さて。
 意味。

●意味とは何か
●物語とは何か

 意味が織りなす「物語」とは何か。

 私たちはなぜ「物語」を求めるのか。
 ドラマ、うわさ、報道、小説、映画、演劇…
 人間は物語のとりこであり、物語なくしては生きていけない、そこまで言うとウソっぽく感じますか?
 人間は生きるも死ぬも物語しだい、なんて理解できますか?

「日本人の死のかたち」
p.92
 文化人類学の領域で、一九三〇年代後半から「 ヴードゥー・デス」と呼ばれる現象が注目されるようになった。これは、頑健な人であっても自分が呪いをかけられたと知ると、呪いによる死を恐怖するあまり、飲食も止めて、睡眠もとらず、わずかな日数で死亡するというものである。

 この「呪いによる死」は、プラシーボの逆向きの作用、つまり意味づけによって”悪い作用”がもたらされる ノシーボ効果の極端な形なのだとされる。
 ※ 「人は悲しみで死ぬ動物である」
 ※ 「13日の金曜日と死亡率」

 物語とは、意味づけの体系。
 物事の位置関係や意味関係を組み上げたもの。

人間は、日々自分や周囲についての ナラティブ を抱えている。
かくかくしかじかだから、自分はこうしている。
あれがこうしてこうなったから、彼らはああするのだ。
何が「始まった」、どれが「終わった」。
いろいろなものに意味をつけ、意味を変え、頭の中で処理しやすいように流れをつけ加工して収納する。

●なぜ意味づけが命に関わるのか

救急精神病棟
 進化心理学的に言えば、人間は同胞に好かれるか否かで生殺与奪が決まってきたような集団営巣生物。他者に好かれるか否か、良い子になるにはどうすればよいか、そこに異様に敏感になるような、汲々とした脳みそにできあがってしまっている。
 誰かに好かれているか否か、誰かに認められているか否か、それによって寿命そのものまでもが左右されてしまうような、それこそ命に関わるほどの過敏なセンサーが備わっている生き物。(好悪でストレスホルモン・コルチゾールや免疫機能が上下してしまう)

集団で暮らす方が断然有利だった、人間という動物。
生きるための集団を長く保持するためには、メンバー間で意味や物語がしっかり共有できているかどうかが大事になってくる。

●意味体系という生存装置
 物事の意味を共有するための「儀式」、それは人間の共同生活においてとても重要な位置を占めている。
 → 参照:「日本人が共有する死の物語」

 意味体系を共有しない者、集団が共有する意味体系をおびやかす者は、排除される。
 「呪い」や「確執」も、意味づけや物語の一種。
 「疎外」や「村八分」も、命に関わりうる意味づけ。

 意味を共有しない異端者が、排斥されストレスによって、去る、もしくは死ぬ、そのことが、集団にとって負担減になったのであれば、 ストレスを受ければ弱るし、ストレスを回避するために意味を共有してくれる相手を渇望してあがくような、そんな性質が人間に培われてきてしまうのだろう。

※周囲の人間との一体感が盛り上がると自殺が減る: 「祭は死を遠ざける」

 利他死。
 死んでいいとか悪いとかいう話ではない。
 どうせなら「幸せ」にコトは運んで欲しい、そこを考えよう。

「プラシーボの治癒力」
p.64
 実はポジテイブなプラシーボ反応と結びつく要素がもうひとつ、研究中に何度も出てきたのだ。それは不安の強さである。要するに、被験者が不安を強く感じているほど、ポジティブなプラシーボ反応が起きやすい

 不安をぬぐうために求める物語とその共有。
 誰かと物語を共有できているか否か。

 人間が物語を発信するのは、「物語共有欲」とでも呼べる何かの衝動に駆られているのだと言えるかもしれない。ブログ含む
 自分を救うための発信。

「プラシーボの治癒力」
p.6
 プラシーボ反応は、私たちが周囲からある種のメッセージや信号を受けとったときに起こるということを説明したい。そのようなメッセージはなんらかの方法で、なんらかの場で作用して、そのときの健康状態が自分にとって持つ意味を変化させる
p.7
 多くの場合、この信号が私たちにとってことのほか重要になるのは、それが大切な人間関係と結びついているからである。。

 プラシーボが効く人と効かない人があるとすれば、その違いは何なのか。
 それは共感能力が高いか否かに尽きるらしい。
 共感能力が高い人が、いや、共感能力が高い人の身体が、意味づけに良く反応する。
 「他者指向」で人間関係に敏感な人が、プラシーボにも敏感。

「プラシーボの治癒力」
p.62
困難な状況におちいったとき、そういう [他者指向な] 人は殻に閉じこもってひとりで何とかしようとするのではなく、周囲の人たちと連携をとりながら対処しようとするのだ。

 集団に良く順応する人。

 人間関係に強く左右されるプラシーボ反応。
 孤独はストレスをもたらし寿命を縮める。
 誰か一人でも信頼できる人間がそばに付いていてくれれば、患者の心的不安は大きく解消されるという。
 「これはニセのプラシーボ薬ですから」とはっきり言われて処方された薬でも、処方してくれた人を強く信用していれば患者の病状が改善する例が少なくないのだという。(同書p.67)
 より良い回復を望むのであれば、医者の選び方が重要、医者との信頼関係が重要である、と示唆する。

 物語や意味づけが左右する、人間の幸福度。
 人間に最も良く幸福をもたらす「意味」は、金でも地位でもなく、「他人の役に立つこと」であるという。
   「幸せになるコツとデータ」
 周りの人が持つ物語の中で「プラスの意味のある役割を果たせているか否か」。それが人間の幸福度に直結しているという事実。

 患者が抱えている自分についてのナラティブ:物語が、患者自身にマイナスの意味を与えている場合、そのマイナスを解消するだけで病状が大幅に改善することがある。
 良くない効果をもたらす物語によって苦しんでいる患者は、すでに「自分一人では物語の悪い部分を治せなくなっている」からこそ、病に苦しんでいる。
 物語の編み直し、物語の衣替えを手伝ってくれる人がいれば、その人は「つらい物語」から救われて、楽になれるかもしれない。
 医療の場でのカウンセリングを重視するように勧める著者。
 心理的に窮地にある人を、意味の変換で救い上げる、それをプラシーボ効果とみなす著者。

 「プラシーボ効果を疑いすぎるな。疑うことで効くものも効かなくなる、もったいない」と著者は主張する。
疑いすぎるなと。

 他者に共感しプラシーボに反応する力は、人の世においては言祝ぐべき能力なのだろう。
 人間の「幸福」に貢献したいと思うのであれば、今、ここに生きて語っている人間の幸福を考えよ。
 現代医療のデータを振りかざし、「そんなことをやっても無駄だ」と代替医療やプラシーボを否定する行為は、病にさいなまれている個人の「幸福」を奪うことにつながってはいまいか。
  「日本人の健康執着と身体観の大転換」

 代替医療反対派は、この本や医療人類学に目を通しておいてくれるとそれなりに吉。

●共有されている物語をぶちこわす無神経な人達の話: 「女子割礼をはらむ意味物語」

●痴呆老人たちが自分たちを救うために編み出す物語のお話:「痴呆老人が創造する世界」 阿保順子著 岩波書店 2004/02

(追記2006/07)●イタコの「口寄せ」に癒やし効果…青森県立保健大調べ
2006/07 【日本語記事】 読売
 つまり、見通しや落ち着くべき位置という「物語の結末の授与」

2005/01/29追記:
「ポジティブ心理学」というものが今世紀に入ってからちょい旬なのだという話を見かけた@海外ML
この本はその流れの一つなのかな。
ネット ポジティブ心理学ネットワーク Japanese Network of Positive Psychology (JNPP)
ネット The Positive Psychology Center

 うつろい続ける「共有すべき価値体系」。
 うつろいの程度と速度が度を超すと、他者との意味共有がいやましに難しくなる。
 今は、生きても死んでも、人心が安寧を得にくい世界になっているのかもしれない。

著者:ブロディが登場する日本語記事
プラシーボ(偽薬)効果はなぜ起こるのか - 専門家が究明に動く
2004/03 ワイアードジャパン

表紙 表紙
本ミニ「プラシーボの治癒力」
 本ミニ「日本人の死のかたち」


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情報庫: 医療 心理 免疫 文化 精神保健   進化心理学

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チェックこのエントリ、やや冗長すぎたので、少しトピずれだった後半は、2分割して別エントリとして置きました。
 後半その1→ 「人心も物語も撹乱する都会」
 後半その2→ 「死者にたむける無洗米」




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