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2005.01.04

日本人が共有する死の物語

 あなたは身近な人が災害で突然亡くなったときどうとむらってあげたいと思うのか

 私は「日本人の死のかたち」を読むまで、自分が「誰かに看取られて死ぬ」ことを想像したことがなかったことに気がついた。
 いつも自分は一人で孤独にどこかで客死するのだと思い込んでいた。

●葬儀とは何だろうか
 なぜ葬式をするのか。考えたことはある?
 人はなぜ儀式をするのか。考えたことはある?

ライン

 「儀式」とは、すなわち「関係の取り結び」もしくは「関係の確認」
 意味体系を確認して整える行為。
 行為をなすことによって、物事の意味をしかるべき形に変える、その作業。

 複数の人間がつどってなす儀式は、意味の体系を複数の人間と共有していることを確認する行為。
  本ミニ 「儀式は何の役に立つか ゲーム理論のレッスン」
    マイケル・S‐Y.チウェ著 新曜社 2003/09

 なぜ葬式をするのか。
 葬式という儀式で、人間は何を共有しようとしているのか。

ライン

 人間には、 感情 という、理性よりはるかに強く行動に影響を与えるダイナミックなナビゲーションシステムが備わっている。
 感情は、生存に関わる信号にはことさらに強く反応する。
右画
 もっとも強く反応する信号のひとつが「死」。
 「死」の信号が感情が激しく揺り動かし、脳を席巻しかく乱する。
 視野がぶれ、胃の腑がねじられ、嗚咽する。

 突然人を襲う「生から死への」転換。暴力に近い大きな意味変化。

 ほうっておけば、その強い意味変化はヒトの共同体が共有する意味体系を分裂に導くかもしれない。対立と分裂をもたらすかもしれない。より心のダメージが深まるかもしれない。
 葬式は、荒ぶる死の信号を、さまざまな共同作業の中で調伏して別の意味に変換していく行為。
 関係する人々の間で、共有できる意味体系になだめ収めていく行為。

 「死体、死骸」は、生前に関係を持っていた人に遭遇すると「遺体、遺骸」に変身する。
 日本人は、近しい者を突然「死体という物体」扱いすることに心理的に強い抵抗を示す。
 「遺体、遺骸」は、個性を持ち主張をする人の体として扱われる。
 臨終を迎えても、しばらくは死体が五感を持ち、思いを語りたがっているかのように扱う。

 (韓国では遺体の解剖を「二度殺す行為だ!」としてひどく嫌がる:本ミニ上野正彦著 「日本の死体韓国の屍体」青春出版社 2002/06)

「日本人の死のかたち」
p.74
亡くなった人は無に帰したのではなく、あたかも「死者」として存在するかのように考えることによってのみ、突然の死によって断ち切られた自分と亡くなった人との関係の喪失に耐えることができるからだろう。

 生者と死者とでは、あまりに意味と世界が違いすぎる。
 人心の中での生者から死者への位置変化:大変換は、長い過程を必要とする。
 清拭や通夜、殯、納棺、葬儀、出棺、野辺送り、初七日、四十九日、一周忌…次々に意味変換の儀式を行うことによって、襲い来たった荒ぶる「死」を加護と共感の源である「祖霊」にしだいに昇華させていく。

挿画

 儀式のたびに、人はお互いに意味を共有していることを確認しあう。

「日本人の死のかたち」
p.72
 通夜の席で参列者は、死者に聞こえるようになるべく大声で、死者と自分との生前の関係、死者との間で築いたよい思い出を語り、自分が死者に対して親しい感情そして別れがたい思いをもっていると語るほうがよい。通夜はしめやかにしなければならないが、しかしまったく何も話さないのはよくない。
 死者の生前について大声で語ることが義務化されていることや、話す内容もおおよそ決められていることから、こうした行為も儀礼である。この儀礼に当事者が与えている説明は次のようなものである。
 「死者は残された人びとが自分のことをどのように思い、評価しているかを知りたがっているので、死者に聞こえるように、自分にとって死者はどんな人であったかを進んで話して聞かせる」。

 意味の共有で、人心はなごみ落ちついていく。
 感情をゆさぶり心を乱す荒魂(あらたま)から、物語の中に収まり共感をもたらす和魂(にぎたま)への、手順を踏んだ変化収納。送る側の、荒ぶる人心の収束回収。
 変換は、死の訪れは、突然の断絶であってはならない。

挿画

 死に目に会わねば、遺体を回収せねば、(生者側の)思いが果たされなければ、つつがなく成仏することは難しくなる。(生者側の内面処理がうまく果たされなくなる)
 処理、カテゴリーの移行、変換。 構造の中にこしらえた階梯を昇ること

「日本人の死のかたち」
p.57
これらの儀礼は、死者にとって生前重要であった空間的境界を越えるたびに、生の世界から死の世界へと段階的に、亡くなった人を移動させ送り出すことを意味する。

 死は死ではなく「旅」として認識されることが少なくない。
 死の世界への旅に、死者を送り出す。葬送。
 死という旅、それがすでに衆生の「信仰の共有」のあらわれであったりする。

「日本人の死のかたち」
p.119
現代的解釈にしたがえば、「霊魂」という言葉は、死んだ人と残された人びととの間で死後も持続する関係性についての特殊な表現ともいえる。
p.4
死者はあたかもまだ存在しているかのように、人びとの関係を規定するのである。

 共同体の保持:意味共有に必要不可欠であった儀式:葬送の儀。
 葬送行為がつつがなく行われない場合、死が通常の儀礼によって変換しきれないような強い形(殺人、客死…)でもたらされた場合、「死」という荒ぶる記号は暴力性を鎮めることなく永く人心にひずみをうがってしまうことになる。
 死が荒ぶるとき、それは周囲の者と意味を共有できていないとき。
 死が荒ぶらせ、生者の悲しみを煉獄にとどまらせる”周囲の者”の存在。
 意味の共有を拒絶する非情な関係者、それは”犯人”であったり、”国”であったりもするわけだ。

 私には、死は変化ではなく、暴力だった。

挿画

●集団生活の維持には、集団生活を乱す者の排除も必要だったようだ。
  自分の側に属さない者の排除
 意味を共有しない者を忌み嫌い排除してしまう私たちの性質・感情
  本ミニ 「無意識の脳自己意識の脳 身体と情動と感情の神秘」  アントニオ・R.ダマシオ著 講談社  2003年

 生物の感情は、生存に関わる信号にはことさらに強く反応する。

無意識に感情に影響を与えるサブリミナル効果を初めて確認  瞬間的に恐怖の表情を表示する
2004/12  Medical News Today Fleeting Images of Fearful Faces Reveal Neurocircuitry of Unconscious Anxiety

 理性以前に敏感な「感情」。
 ヨソ者に対する無理解と排除は、意味の共有の成否が、人間の生き死にを左右する重要なファクターのひとつであったゆえのことなのだろう。

キルト

●日本に住む人々が共有する「死の意味」を利用し、「暴力的な死」を強制することによって、政治的な操作が行われることもあった。
  → 参照:「福島現象と戊辰の呪い」

●ほんの数十年でも大きく異なってしまっている日本人の世界観、社会観。
 異文化交流も異世代交流も経験せず、異質な価値観との交流スキルが育っていないままの新世代。
 意味の共有が困難になることによってもたらされる不幸と、その物語。
  → 参照:「物語というプラシーボと人生」

いい仕事だ。↓

表紙
「日本人の死のかたち 伝統儀礼から靖国まで」

 波平恵美子著
 朝日選書 朝日新聞社 2004/07

災害の迷信と現実
 災害は、貧しい人をめがけてやってくる
 死体の放置で伝染病が蔓延するわけではない
 情報は出し惜しみするな
 どんなに遺体が大量でも適切な保存処置がとられれば身元判別はなしうる
 貧困国でもDNA鑑定をあきらめる必要はない、今はかなり利用しやすくなっている
 人心の安寧には何より「各信仰にそった葬送」ができるにこしたことはない
2004/12 Medical News Today Myths and Realities in the Management of Dead Bodies
2004/12 Medical News Today Dead bodies do not lead to catastrophic outbreaks of diseases

●死体は必ずしも忌み嫌われるものではない。
 死体は人心に強い感情を引き起こす記号であるだけに、強い力を持ったマジックアイテムとして扱われることは少なくない。
 親族の遺骸の一部を食することが礼儀であった文化も存在するし、かつての日本は皇位継承の際に遺体が充分腐るまで添い寝をする殯(もがり)も行っていた。
 殯の添い寝については「おおきみのたましい」を受け継ぐための儀式であったのだろうと解釈されている。
  本ミニ「死の民俗学 日本人の死生観と葬送儀礼」 山折哲雄著 岩波書店 2002/04(1990) 元論文は1980年代後半

〓クール〓

合わせて読むと面白いですよ↓

本ミニ 内堀基光:死にゆくものヘの儀礼 「岩波講座文化人類学9 儀礼とパフォーマンス」
本ミニ 「民俗宗教を学ぶ人のために」川村邦光/山折哲雄 世界思想社 1999/07
本ミニ 「日本人の宗教感覚」 山折哲雄著 NHK出版 1997
本ミニ 「死の儀礼:葬送習俗の人類学的研究」 メカトーフ、ハンティントン 未来社 1985
本ミニ 「死の人類学」 内堀基光/山下晋司 弘文堂 昭和61年
本ミニ 池上良正:死人に口あり--民俗宗教における死者との対話 「異界談義」 国立歴史民俗博物館編 角川書店 2002/07
本ミニ 「葬儀と墓の現在 民俗の変容」 国立歴史民俗博物館編 吉川弘文館 2002/12
本ミニ 「骨のフォークロア」 藤井正雄 シリーズにっぽん草子 弘文堂 1988
本ミニ 「病と死の文化 現代医療の人類学」 波平恵美子著 朝日選書 朝日新聞社 1990


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