パパの脳が壊れちゃった
困ったなぁ。壊れちゃったよ。
人間が壊れたら、どこまでめんどうみてくれる?
最初から壊れていたら、誰が相手してくれる?

「パパの脳が壊れちゃった ある脳外傷患者とその家族の物語」
キャシー・クリミンス著
原書房 2001年
(原書:2000/ WHERE IS THE MANGO PRINCESS?)
冒頭イキナリ。
父さんの頭にボートがぶつかって。
あとえんえん壊れちゃった父さんがどんなに壊れてしまったか、どのくらい元に戻らないかがつづられる。
つづるのは妻。
妻は作家の腕前を駆使し、悲惨で重くて救いがたくなるはずの顛末を、おもしろおかしくつっぱね割り切って、どたばた喜劇のようなエンタテイメントに仕上げている。
深刻な、娯楽。
なんだそりゃ。

思いっきりたたきつけられた脳髄は、父さんの頭の中でいたるところごちゃごちゃな誤作動を繰り返す。
この例では患者は幸いにもめざましい回復を見せて行くけれども、その過程はひとすじなわどころか、もうどないしたろかなてんやわんや。
記憶がワヤ。
喪失健忘は当たり前。話は混線するし、妄想( 作話)も頻繁に。
見当識がワヤ。
自分の身体を半分無視してみたり( 半側無視)。
脳の半分をやられるとその反対側の身体や空間を無視する症状が出ることがあるんですね。
あと、自分がどうなっているのか認識できない。自分のどこがおかしいのか理解できない。
こらえしょうがワヤ。
どなりちらす。衝動丸出し。人前でオナニー。タガはずれっぱなし。
身体の基本機能までワヤ。
暑さ寒さがしっちゃかめっちゃか。腹時計も電池がショート。食いっぱなし飢えっぱなし。
さあて、元の父さんはもう見る影もないぞ。
でもこれが父さんだ。別人だけど、父さんだ。
記憶や性格や愛情までも違っちゃってるけど、マトモに家事も仕事もできないけれど、それでもかつて常識と慈愛にあふれた立派な大人だった父さんだ。
妻も子どもも、必死に父さんを介護するけれど、…父さんは回復して行くけれど、…元の父さんには戻らない。
違う性格。新しい父さん。
今では「 高次脳機能障害」として知られる脳の故障。
脳がビミョーに壊れてしまった状態。
この本は読んでおくと吉。
万が一の大変な目にあったときのことが、自分のことであれ、愛する家族のことであれ、知人や他人のことであれ、すごくしんどくて悲しい大変なことが、おもしろおかしくばしばし読める。
普通なら重苦しくて悲惨で途方に暮れてこんなの読みたくも知りたくも考えたくもないやって話が、気軽に読めて勉強にもなっちゃうんだ。 貴重な人生参考書。

昏睡患者を抱え、患者が目覚める日が来ることを信じて待つ人々が語らうサイトがあちらにはある。
Coma Waiting Page
日本にはある?
昏睡状態・植物状態になった患者はいつまで、どこまで、面倒をみるべきか。
意識が戻る可能性はどのくらいか。
戻らない場合、いつ見放すか。
グレゴリー. E. ペンス著 『医療倫理:よりよい決定のための事例分析』(1巻)みすず書房 2000/03
p.63-64
遷延性植物状態に関する複合領域特別委員会が一九九四年に発表した研究では、頭部外傷を負った434の成人患者のうち、七人が良好な回復状態を示し、12ヵ月以上におよぶ遷延性植物状態の後に意識を回復した。30ヵ月以上昏睡状態にあった患者では、意識を回復できた者は一人もいなかった。
〜中略〜
個人的には、私は遷延性植物状態から目覚める〔四三四分の七つまり〕六二分の一のチャンスを〈与えられたいと思う〉し、一ヵ月後に神経学的基準によって死の宣告を受けたくはない。他方、私は昏睡状態になった自分の身体を、三年以上維持してほしいとは思わない。なぜなら、それ以上の期間無意識状態にあった患者で意識を回復した者はいないからである。しかし、私にとって大切なものが〈すべて〉失われかねないというときには、チャンスがまったくなければあきらめざるをえないが、六二分の一のチャンスなら賭けてみるだろう。
あなたは、自分が助かる可能性がどのくらいあるなら助けて欲しい?
どのくらい見込みがなかったら、殺されてもいい?
どのくらい死んでいるなら臓器を摘出されてもいい?
脳の故障で昏睡状態に陥っても、はたからそう見えているだけで実際は意識はあるんじゃないかという報告が今月あった。
先日、 20年もたってから意識を回復した事例も報道されていたが、どの程度の深さの植物状態だったのか気になるところ。
追記:
2006/07 New Scientist Regaining consciousness: A life or death dilemma脳死:米・カナダ滞在中に判定の3人、日本で意識回復−−02〜05年度、損保調べ
現地で「脳死」、日本で回復−−「治療中止」納得せず
2006/07 【日本語記事】 毎日新聞外傷性脳障害とまで行かずとも、精神疾患でも「意識はあるが体を動かせない」状態は観察されるわけで。
植物状態の患者に意識がある可能性
2006/09 Discovery Vegetative Patients May Have Awareness
2006/09 news@nature.com Thoughts of woman in 'waking coma' revealed
Brain scans of vegetative patient ignites debate over her awareness.
昏睡患者、『コミュニケートする』
2006/09 BBC News Vegetative patient 'communicates'
2006/09 【日本語記事】 毎日新聞 脳:植物状態でも意識

自分の状態がオカシイと感じられなくなる脳障害がある、っていうか、脳障害で脳障害がわかんなくなるというなんともはや…。
過去の自分の状態と、今の自分の状態が、的確に比較判断できなくなる障害。
統合失調症でも「自分はおかしくない」「私は病気ではない」という例があったりする。
どうやら前頭葉に「自分を客観評価する」担当部位があるらしい。
高齢者でも、前頭葉が自然に萎縮して「わしはまだまだイケるんじゃ」と現状認識できない事例が観察される。
患者さんを絶望させずに現状認識させるにはどうすればいいか。けっこうな難問。

●もともとの場合
脳の故障で理性のタガがはずれて、わけのわからない行動をする、罵詈雑言を吐きまくる、セクハラロリコンがとまらない…。
昔は立派な人だったから、そこに免じて面倒をみてあげるのか。
最初からそんな故障を抱えていた場合、患者は、できそこないだとか、犯罪者とか、どうしようもないゴロツキだとか言われて見捨てられてしまうんだろうか。
いまでこそ、LDだのADHDだの人格障害だの、こぎれいに分類してつっこめる引き出しがいろいろできてきているようだけど。

●神隠しの場合
昔の人が、いきなし脳障害をおって、幸いにも、ホントに幸いにも命を取り留めた場合。
言動も感覚も記憶もおかしくなって、でも身体は元気だとしたらどこへ行く?
突然神隠しにあって行方しれずになった女が、長年を経たのちに蓬髪垢面の老婆になってふらりと村を訪れる。
そんなこともあったかもしれない。


●理屈より感情
人間を動かしているのは 理屈より感情。
あれをしろこれをしなさいと言っても、ろくに記憶ができないそんな脳損傷患者をどうやっていうこときかせるか。
「パパの脳が壊れちゃった」 p.216
脳損傷の患者に、微妙な言いまわしは通用しない。「運動をしなきゃだめだ、アラン。これからはやると約束しなさい。さもないと、腕が上がらなくなるぞ」ドクターは大声を出した。
感情に刻むと効果があるらしい。
もとより、感情的な記憶は強く長く脳の中に残るもの。
「何があったか」という理屈やエピソードは忘れても、「あそこはなんかこわい」「あそこはミョーにうれしい気分」みたいな記憶は根深く残る。

しかし、理屈はどうあれ前例は何であれ、あなた、大事に思っている誰かが、突然脳が壊れて、ののしりまくり、マナーも気にせず、放蕩と徘徊を繰り返すようになったら。どないします。
人間はどこまで愛を失わずにいられるか。
「パパの脳が壊れちゃった」 p.254
脳外傷になった人が、離婚せずにすむ割合は二十五パーセントにも満たないのだ。
どんな立派な保険に入っていても、どんなに立派に治療されても。
脳が 心が壊れたら。
いやだ。
怖い。
明日。 今夜。
事故に遭ったら。
あなたは誰。
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