死穢や三尸と臓器移植(はったりつき)
人間は、自分の知らない分野について自分より知識を持っている人間に出会うと、その人物を「自分よりはるかに知識が豊富な人物だ」と評価してしまう傾向があるらしい。
たとえば、般若心経の意味について何も知らない人が誰かにちょっとシッタカぶられると、その人は相手のことを「仏教にすごい詳しい人なんだ!」と思い込むことがある。
たとえば、民俗学についてよく知らない人に、ちょっと鎌倉時代の習俗について説明すると、その人は私のことを「ものすごく古代の文化に詳しい人なんだ!」と思い込んでくれたりする。
そのあたりで、ちょっと、ごめんね、みたいな気まずさがくすぶっている件が
一つ。

あるのだけれど。
臓器移植にまつわる日本人の倫理観の話で。
日本の文化・民俗研究でものすごくお偉い山**雄先生というお方。
この先生はたまに「大昔の日本人は臓器提供に抵抗感はなかっただろう」という話をなさる。
出口顯 「臓器は「商品」か」 講談社現代新書 2001
p.29
宗教学者の山折哲雄によれば、万葉時代の古代人たちは肉体と魂を別物と考えていたという。例えば遺体を一定期間そのまま安置し後に埋葬に付す「もがり」という古代の葬法も、死の確認を通して死者の霊の行く末に関与しようというのが第一の目的だったと考えられている。その前提になるのは、死者の体から魂が遊離するという考えであり、残された遺体や遺骨が重要視されたわけではなかったのである。彼らにとって死んだ後の遺体は魂の抜け殻であって、それを切り開いて内部の臓物をとりだしどのように利用しようとも、特別異議申し立てしたり驚いたりしないはずだと山折は述べている。
さらに山折は、万葉人は現代の医師のように、ある瞬間を境に生死を峻別することはしなかったが、腐敗を始めると遺体の臓器が使いものにならず、その肝をとって食べることもできなくなるのであれば、臓器の活用のためにも腐敗が始まる以前を死(つまり脳死)と認めていいと言い出すかもしれないとも述べている。
で、某シンポに主賓で招かれたときも、先生はまんま上のような同趣旨の講演をなされた。
お気に入りの 捨身飼虎説話も織りまぜて。
あとで、そのシンポの司会をなさっていた生命倫理のK氏に、わたしゃシッタカぶって
「当時の人間が臓器移植に抵抗なかったはずはない。
提供するほうはいいかもしれないが、もらうほうが拒否するだろう。
他人の死穢や 三尸(さんし) を自分の身体の中に取り込むなんてそんなのたまったもんじゃない。」
との旨伝えたら、Kさんあっさり「やはりそうなんですか」みたいな素直なリアクションで。
専門家さんにまともに話を聞いてもらえてちょっと天狗になった底の浅い私だった。ごめんね

いや、三尸(さんし)の習俗は、古墳時代からあった殯(もがり)より、あとに入ってきた仏教とほぼ同時かそれより少し後からの習俗だから、古墳時代は違っていたかもしれない。仏教の導入で、当時の死生観や霊魂観が大幅に撹乱されて、迷信の交替や儀式の混乱、はては怨霊信仰の台頭やらなにやらかなりごたごたしたらしいし、大陸文化影響以前と以降をごっちゃに論じるのはまずかったような気が。
でも。
くろうとでも。
「古墳時代に臓器移植があったら」というSFまがいはやっぱ適当なところでやめておいたほうがいいと思う。
なにより。
どっちにしろ過去の特定の時代をクローズアップして今をどうこうしようという恣意(しい)さはどうだかなだし。
「時代の不幸・時代のくびき」
出口氏が指摘するように、万葉人うんぬんの話は「脳死や臓器移植は日本人の伝統的身体観や死生観と相容れないという主張」に対する「伝統とは何ぞや」パターンのカウンターなのだろうけれど。
「日本人の脳死観」
剥きに剥いた末にあるのかないのかわからないようなタマネギの芯である、最も検証しづらい古代の死生観、そしてその今風解釈、軽々に断言できるしろものではないし、クローズアップしすぎちゃいけない。
「政治する考古学、偏向する過去解釈」
昔がどうあれ、問題は、今生きて、今死ぬ我々、「今の我々がどんな死生観を抱いているか」なんだし。
「日本人が共有する死の物語」

…一番の問題は、脳死だとされる人間は死体のようにじっとしてはいない。痛みに反応するし動き回る、全然死体っぽくない
フツーに「生きている身体」なんですよ!それを切開して臓器を採って殺すんです。 ってことがあまり世間に知られてないこと、「脳死って何?」がじゅうぶん理解されてないことじゃないかな。
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