山窩・ホームレス・漂泊とアフリカ
謎の犯罪集団「山窩」(さんか)。
闇の古代民族「サンカ」。
みごとな盗みの手際(てぎわ)は忍者由来ではないか。
厳しいオキテの元に全国を流浪する仲間を統べていたらしいぞ。
古代日本の文化につながる暗号を使って連絡を取っていたらしい!
そんなイメージが先行してキワモノ的に沙汰され、さまざまな思い込みや憶測が、芯もないままにへばりついて綿達磨のように膨らんでしまっている、”流れ者の一族”。
1950年代までは日本に実在したという。実在。
はんぱに物言いはできないと感じている。
この「サンカ:山窩」については、濃い先人たちがさんざさぐり済み、かつ対立紛糾事例も山積しているだろうので、一見の初心者が何を言うのもおこがましい、そんなこんなでなかなかサンカに関する本は手を出しづらく…。

「サンカ」って何?
だいたいの概略はオンラインで読むことはできる。
闇の歴史から光りへと: サンカ(山窩)を考える
山窩(サンカ)とは何か @歴史と世間のウラのウラ

「山窩物語 三角寛サンカ選集 第一巻」 三角寛著 現代書館 2000/11 「山窩が世に出るまで 三角寛サンカ選集 第八巻」 三角寛著 現代書館 2004/10 |
「山家」とも書き表すという。
山の民ともいいきれないが、特定の住居を持たず、各地の野山を自由に行き来していたという。
山歩きの最中に陣痛が来たらその場で子供を産んで、そのまま歩き続けたという話が残るサンカの女性たち。
彼女たちが伝えていたという、新生児の口に入れる「コモリケシ」(うるしの葉を入れたおしゃぶり)は、サンカ以外には見られない習俗なのだろうか。
※ 松岡悦子著
「出産の文化人類学:儀礼と産婆(増補改訂版)」 海鳴社(1991)は三角寛の記述(「山窩物語」など)をもとにしてサンカの妊娠・出産の習俗を紹介している。
これの関係でサンカには興味を持っていたのだが。
(コモリケシはgooでヒットゼロ。 シナドオクリ(サンカの風葬)はなんぼかヒットするのに、日本の衆生はお誕生より死のほうに興味ひかれるからか)
最近も何冊かサンカ関係の書籍が出ている(復刊されている)ので、それらもおいおい目を通しておきたいところ。
三角寛著「山窩物語」 p.20
とにかく、私は自分がつかっていたフォードをすっ飛ばした。
「もうこれ以上走れないのか?」
「何マイル出してるか知ってますか。これ以上とばしたら家にとびこむか、電柱にぶつかるにきまってますよ」
当時はマイル単位だ。
昭和初年当時は時速**マイル。へぇ〜。
太平洋戦争が近づくにつれ、外来語の使用ははばかられるようになって…いったのとは別の流れだろうか?
いつマイル表示は時速**キロに変わったんだろう。
やはり第二次大戦前後が境目か。
三角寛著「山窩物語」 p.49
{日々新聞が誤報を流して江古田の印刷屋が誤認逮捕された}
江古田の印刷屋は、嫌疑晴れて釈放されると、(俺の一生を踏みにじった)として、名誉侵害で、報知と日々の両新聞に食いついた。結局、大新聞の方の日々に強硬で、日々も止むなく、一生を保証することとなって、社員に採用して、印刷方面の仕事をさせることにして、ヨタ記事の責任をとったとかの風説であった。ヨタ記事も注意しないと、かくのごとく醜態となるのである。
すごい。不始末のお詫びは終身雇用! なんとおおざっぱな世界。
警察が犯罪集団をサンカとみなす、そんな記憶が残っていた戦前の昭和初年当時。
低俗カストリ雑誌が横行し、地に落ちた規範を再建復興させようとする意欲、荒廃した空き地に根を張って海千山千の世渡りでも成金にのし上がりうる夢と高揚感が蠢(うごめ)いていた戦後の時代。
カストリ雑誌
久生十蘭の「魔都」や牧逸馬の「第七の天」などでも感じた、覇気と剛胆と数奇の交わる不思議な異世界:昭和初期。
沖浦和光「幻の漂泊民・サンカ」 p.44-45
この一連の山窩小説が発表されたのは、軍国主義の跫音が刻一刻と高まり、庶民の日常生活の隅々までが、国家権力の厳しい統制下におかれていく時代であった。何ものにも束縛されなかった原始の人のように山野を疾駆する漂泊民の姿に、暗い閉鎖の時代に挑戦する何ものかを仮託しようとした読者もいたのであった。
そういう時代の空気に乗って、三角寛が生み出した「サンカ」という表象:謎の世渡り集団についての小説:はちょっとしたブームになってもてはやされた。
三角寛はサンカの人々との交流の記録も残している。
古代の剣に通じる特殊な刃物が仲間の明かし。
定住した仲間の子孫のもとに、「地戻れ(漂泊に帰れ)」とサンカから届くメッセージ。
仲間に迷惑をかけた者は仲間内で必ず処刑する。
真か偽か。
それはともかく、サンカとされるような流浪無宿の人々は、定住者からは蔑視・差別の対象として扱われることのほうが多く。
「山窩が世に出るまで」
今井照容・寄稿 「新聞記者・三角守からサンカ小説家・三角寛へ」 p.393
三角寛の仕事が明治時代の新聞記者たちが行った、いわば”スラム探訪記”の系譜に連なることに気づかされる。
きわものを取材してネタにする。
漂泊暮らしをする者が、定住者からはすでに隔たった存在であり「知られざる」からこそ、かような仕事が耳目を集めた。
![]() 「サンカと説教強盗 闇と漂泊の民俗史」礫川全次著 批評社 1992 ほかに 増補版(1994)あり |
礫川全次は「サンカと説教強盗」で、説教強盗という当時の有名な強盗犯がサンカであるという説と三角寛のサンカ小説を生んだ昭和初期の時代背景の特異性、そして説教強盗サンカ説の根拠のあんまりなテキトーさ&おおざっぱさを指摘する。
サンカの暮らしぶりについての取材報告や文化解釈自体、三角寛の創作が大幅に入った虚構に彩られている可能性が強いと。
ややもすると、かつて文化人類学者のマーガレット・ミードが、調査地のサモア現地民にころりと騙されて間違った結論の論文をものしてしまった、あの経緯を思い出してしまう。
異民族調査の書き手は、しょせんよそ者。
人間はよそ者に対してはついついウソを言って適当にあしらってしまうことがある。
あしらわれたほうは真に受けて「これがリアルだ」と書き散らしてしまう。
まして何事につけおおざっぱだったあの時代。
サンカの箕作りは、ロマ(ジプシー)の鍋加工技術を想起させる。
どこでも通用し需要がある、移動先で作業できる、ある程度以上の技術が必要、そのような条件的制約で、なんぼかこう、漂泊民がなしうる生業の種類は収斂してくるのかな。
加えて、サンカの組織性や結束についての話は、海外のロマの話に影響を受けてこしらえられた部分もあったかもしれない。
異人に幻想や願望を押し付けていく、何かロマの例に似た機序が。
おのれの世界観のネガを他者に投影する。
投影(差別・偏見)された他者は、それに影響を受けてさらに変質していく。
合わせ鏡。
当時はおおっぴらに偏見がまかり通り、加えてダイナミックにおのれらのありようを変えていける余地があった。自覚はどうあれウソがいつのまにかマコトに変容してしまうことも、それがさらにウソを再生産することもあっただろう。
空き地や余地が多かったあの時代。

その後、空き地はなくなっていった。
時代が変わって、世の中自由になる余地がすごい減った。
余地がない、なにかすべて埋め尽くされ記載され尽くしてしまっているかのような感覚(錯覚?)に蝕まれている今。
昔と同じように、今のサンカも、今なりの世界観の投影返しを続けているような気がする。
不思議をそぎ落とされ由来を却下され、単に現代の差別と同和の問題に還元されていくような。
近年の見知では、サンカという明白なくくりはごく最近生じたものであって、古来一系サンカ族のごときではない多様かつ流動的な内実のものを、外部からサンカだろうとやってしまったからややこしくなっているのだ、そういう見方になってきているのかな。
「幻の漂泊民・サンカ」 沖浦和光著 文芸春秋 2001文春文庫版 「幻の漂泊民・サンカ」 沖浦和光著 文芸春秋 2004/11 |
沖浦和光は「幻の漂泊民・サンカ」で、農村が飢饉のたびに、流れ者・漂泊民を大量に排出した旨を指摘している。
「天明から天保期にかけての度重なる大飢饉」が、のちにサンカとみなされるようになる漂泊民の主流を供給したのだろうと推測する。
「農作」が崩壊すれば、食べ物を求めて山に入るかよその土地に出ていくのが理。
山にもヨソにも出られず地元にいたら、無為に飢え死にしてしまうだけ。
この顛末は「ブリンジ・ヌガグ」を思い起こす。
「ブリンジ・ヌガグ おまえはもう死んでいる!」
「倫理とゲーム理論と災害心理+人食い」
部族やメンバーがある程度自由に移動できる所属の柔軟さが、文化的・心的なクッションになり、安定をもたらしていた。
固定しないことで、安定が生まれていた。
それが、時代の変化と異文化侵襲で柔軟性を奪われ「固定」されてしまったことにより、悲劇がもたらされた例。
人間には「定住しない」そういうありようが選択肢としてあった。
選択肢を定住(固定した人間関係含む)だけに限ると、めぐり合わせによって生じる無理から逃れる余地がなくなり、往々にして悲劇が起きる。
「新書アフリカ史」
一つのシステムはすべてを受け入れたりすべてを許容したりするようには、なかなか行かないもの。何かを切り捨てて成り立つこと多し。切り捨てられる存在たち。
その体系で切り捨てられるのであれば、違う体系を探してさすらう、人にとって優しい世界はそれが可能であるべき。
空き地が要る、変身隠遁の余地が要る。
心の中にも、地理空間にも。
自分に適した体系を探して流れさすらう、ちょっと隣におじゃまする、なんとなれば自由に自分の所属や民族を変えることが可能であった社会
今で言えば、ごく単純に言えば、サンカの暮らしは「ホームレス」ということになる。
沖浦和光は「幻の漂泊民・サンカ」で、「サンカの末裔」というアイデンティティを持つ広島などの中国地方の人々のカミングアウトと、その後の調査協力について記している。
そこには、現代のホームレスが「国家側」の人間から蔑まれているソレと同様、いやそれ以上の「蔑視への抵抗」が現れている。
定住しない者への、定住者からの蔑視。
とはいえ、類似点はどの程度の強調までが適切なのか。
某所でインディアン(ネイティブ・アメリカン)のありようがニートに近しいのではないかという指摘がなされているのを見かけたが、…「過度の類似性強調」に対する自戒は忘れずにおきたいところ。

多様な異人を一つのレッテルでひとくくりにし、さらに「蔑(さげす)み」で一括廃棄処理してしまうような浅薄非情な視点が、サンカを祖先に持つ者の自尊心をふみにじり俯(うつむ)かせているのか。
1950年代までは実在したという「サンカとされる人々」。
まだそのアイデンティティと記憶を保持している子孫末裔(しそんまつえい)は、今現在確実に、少なからず存在しているはず。声もなく。

うちの祖先の一人は出島の異人さんだった。
その子孫はのちに関西の芸事の名門に苗字をいただいたという。
詳しいことは不明だが、門付けのような漂泊暮らしをしていた可能性も否めない。
江戸時代に、白人とのハーフはどのような生き方が可能だったのか。
なぜこんなわずか前の過去のことが謎だらけになっているんだろう。
なぜこんなに歴史に穴がごまんと空いているんだろう。
謎だらけの漂泊民。穴だらけの歴史。
ほかならぬ我々の祖先が通ってきた道。

追加:
アイルランド版の山窩?
放浪者「アイルランドの旅人たち」は、ケルト文化以前の人々の末裔だった!
ジプシーとはまた別 13〜14世紀に遡るその起源
2005/03 Independent Academics suggest Irish travellers are remnant of pre-Celtic culture

つづき:サンカの正体
2006/04 『「創られた伝統」の系譜:サンカとひとのみち教団』
へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし
別冊歴史読本「歴史の中のサンカ・非差別民 謎と真相」 新人物往来社 2004/05
「サンカ・廻游する職能民たち 尾張サンカの研究 実証編」 飯尾恭之著 サンカ学叢書 批評社 2005/04
『サンカ・廻游する職能民たち 尾張サンカの研究 考察編』 飯尾恭之著 サンカ学叢書 批評社 2005/04
『漂泊の民サンカを追って』 筒井功著; 現代書館(2005/07)
『サンカ 幻の漂泊民を探して』 KAWADE道の手帖 河出書房新社 (2005/06)
「幻の漂泊民・サンカ」 沖浦和光著 文芸春秋 2001 /文春文庫版「幻の漂泊民・サンカ」 沖浦和光著 2004/11 文芸春秋
『サンカの末裔を訪ねて 面談サンカ学-僕が出会った最後のサンカ』 サンカ学叢書 第4巻 利田 敏 (著) 批評社 ; (2005/12)
●礫川全次
「サンカ学入門」 礫川全次著 サンカ学叢書 (第1巻) 批評社 2003/10
平凡社新書 『サンカと三角寛 (みすみかん) 消えた漂泊民をめぐる謎』 礫川全次著 平凡社 2005/10
●八切止夫
「サンカ生活体験記」 八切止夫著 作品社 2003/05 82年刊の再刊
「サンカいろはコトツ唄」 八切止夫著 作品社 2003/07 旧版=日本シェル出版(1986)
「サンカ民俗学」 八切止夫著 作品社 2003/08 (日本シェル出版1986年刊の再刊)
「サンカの歴史」 八切止夫著 作品社(2003/07)
「サンカ民俗学」 八切止夫著 作品社 (2003/08) 旧版
●三角寛
「三角寛サンカ選集 第1巻 山窩物語」 三角寛著 現代書館 2000.11
「三角寛サンカ選集 第2巻 裾野の山窩」 三角寛著 現代書館 2000.12
「三角寛サンカ選集 第3巻 丹波の大親分」 三角寛著 現代書館 2001.1
「三角寛サンカ選集 第4巻 犬娘お千代」 三角寛著 現代書館 2001.2
「三角寛サンカ選集 第5巻 揺れる山の灯」 三角寛著 現代書館 2001.3
「三角寛サンカ選集 第6巻 サンカ社会の研究」 三角寛著 現代書館 2001.4
「三角寛サンカ選集 第7巻 サンカの社会資料編」 三角寛著 現代書館 2001.5
「三角寛サンカ選集 第8巻 山窩が世に出るまで」 三角寛著 現代書館 2004.11
「三角寛サンカ選集 第9巻 昭和妖婦伝」 三角寛著; 現代書館 2004/12
「三角寛サンカ選集 第10巻 山窩血笑記」 三角 寛 (著) 現代書館 (2005/01)
「三角寛サンカ選集 第11巻 山窩の諜者」 三角 寛 (著) 現代書館 (2005/02)
「三角寛サンカ選集 第12巻 帯解けお喜美」 三角 寛 (著) 現代書館 (2005/03)
「三角寛サンカ選集 第13巻 愛欲の女難」 三角 寛 (著) 現代書館 (2005/04)
『三角寛サンカ選集 第14巻 青蠅のお蝶』 三角寛著; 現代書館 (2005/05)
「三角寛サンカ選集 第15巻 人生坐大騒動顛末記」 三角 寛 (著) 現代書館 (2005/06)
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コメント
こんなページがありました。
日本最後の正しい山窩・君島さんの仙人ワールド
栃木県の山奥の方だそうです。サンカでしょうかね。
投稿: ガネーシャ | 2005.03.24 00:36
うわ〜 謎すぎ。(^o^;;;
えらいもん拾ってきましたね。
日付も不明… キワモノ扱い… リンク切れもあるし… う〜むう〜む
隠遁住まいをかつての流行に便乗してサンカ暮らしだと自称した可能性も…
あれ? いや、よく読むと、本人がサンカだと自称したわけではなくて、取材側が勝手にサンカだと決めつけて乗り込んでいる…っぽい。 うぬぬぬ…
投稿: amasaki | 2005.03.24 01:13
文中にあった 君島 亘さんのお名前で検索してみたら
栃木県の栗山村の昔話の語り部の一人として登場されています
栗山村の昔話 http://www.vill.kuriyama.tochigi.jp/info/hanashi.html
君島 亘 って、同姓同名の可能性もあるけれど。
栃木県栗山村の公式サイトに載ってるし確度は高いかも。
http://www.vill.kuriyama.tochigi.jp/main.shtml
投稿: ガネーシャ | 2005.03.24 18:18
わざわざお調べすみません。
う〜ん、かなりの山奥。
流浪の民が地元の伝承を語るってのは…
同一人物かなぁ…
だとしたら、こりゃ普通に生粋の地元、ネイティブさんだと考えたほうが…
投稿: amasaki | 2005.03.24 18:50