« 生成文法のレシピはこちら | トップページ | 言葉のハルキゲニア! »

2005.04.05

対消費者:心脳マーケティング

 人間行動学や心理学で人間と呼ばれている存在は、分野が違えば「人間」ではなく「消費者」という名で呼ばれてしまう。

左◆表紙
「心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす」

 ジェラルド・ザルトマン著
 ダイヤモンド社 2005/02

(原書:2003/ How Customers Think, Gerald Zaltman)

 この本の中で最初から最後まで「消費者、消費者、顧客、ターゲット、消費者」と呼ばれているのは、人間
 不思議な気がする。
 心理学や人間行動学、脳科学、認知神経学、進化心理学、その他もうごった煮に知見を集積して「消費者の深層心理」やらなにやらについて述べてくれているのだが、それは元の各分野では「人間」なのであって。
 あ〜、売り買いや儲けの話になると、人間は人間とは呼ばれなくなるんだなぁ、そんな。

挿画

 この本の主張は、要はマーケティングに最新科学の知見を使えよ、今までのやり方じゃたいがい失敗しているじゃないか、旧弊な思い込みで物作って売っても今どきうまく行くはずはない、と。
 消費者(人間)は自分で自分のことがわかっているとは言い難い存在。無意識におぼろな感情や昔の記憶に左右されながら日々選択や決断をなしている。
 旧来の調査方法ではロクに消費者(人間)の心理はつかめない。
 今どきのやり方を知っておけ。
 最先端に即して方法論をインストールしなおせ。
 基本的なところをはき違えているヤツは落後するだけだ。
 脅かしと、提示。
右画
 登場する知見はふんだんに。
 ふんだんすぎて、威光暗示にひけらかして読み手を幻惑しブラフしているのかと思わせるほど。
 サールピンカーエーデルマンダマジオレイコフラマチャンドランロビン・ダンバーダニエル・シャクターE.O.ウィルソンヒューマン・ユニバーサル…。

 多々登場する専門用語や人名は、巻末に使い勝手のよい索引がしつらえてあるので、途中で「なんだっけ」と混乱してもなんとかなる。
 この手の、科学的知見をひけらかしながら勝手な持論を誇大妄想するしろものは商売関係の書籍売場にゴロゴロしているが、この本はわりと合格めな感じ。
 具体的に「どう売れ!」と示すのではなく「こう調べろ!」でとどめているからか。分をわきまえている。

 調べ方、調査方法の良い例悪い例も。
 最近は消費者の頭の中を脳スキャンで調べることも流行っておりまして(ニューロ・イメージング調査)。そこもちゃんと言及あり。
   →神経経済学

p.16
ヒューマン・ユニバーサル(human universals〕
 どの文化圏にも必ず見られる人類普遍の思考や行動。たとえば、正義、刑罰、子供の保護、病弱者の看護など。また、旅、バランス、トランスフォーメーション(変形)などのメタファーや、物語における登場人物などのアーキタイプ(元型)も、ヒューマン・ユニバーサルの例である。先述のコンセンサス・マップは、特定のグループやセグメント内の人間に必ず見られるヒューマン・ユニバーサルを反映したものとも言える。消費者の抱える問題を深く理解すればするほど、彼らの間に共通の問題が存在していることが明らかになる。さらに、そうした深層レベルにおける共通項は時間を経ても存続する傾向がある。したがって、それに焦点をあてる方が、表層レベルにおける個人差に注目するよりも、マーケティング戦略としては有効である。

 話は、要は「人間行動研究の科学」なんだよね。
 「人間行動研究の科学」の本にある「人間行動」や「人間心理」といった記述を、「消費者」「マーケティング」に全部置換してみました、みたいな。
 元の分野からすれば、ある意味、パロディ本のように見えるかもしれない。

 「人間行動」や「人間心理」。
 そのどこを突けばいいか。

 著者は「物語」の把握を勧める。
 「物語」=意味のつながり構造。
 消費者(人間)はどのような「物語」の中に商品やブランドを位置づけているのか。
 商品やブランドは、消費者(人間)にどのような物語を提供するのか。
 「象徴」の消費はすなわち「物語」の消費。
 ソレを購入(操作)することによって、消費者(人間)はおのれの世界(物語)と相互作用する。
  → 物語

 文化人類学の知見まで引き合いに出して、アーキタイプ、古来から我々が惹きつけられてきた「物語の類型」も列挙してくれる。
 神話、物語、自分の中のストーリー。
 商品だけでなく、消費者(人間)は身の回りのあらゆる情報を、自分の中の物語とすりあわせながら処理していくのだから。

神話の世界@「クイズ$ミリオネア」
 数々の試練をくぐり抜ける民話構造的図式
2001/10  Ananova  Millionaire contestants are mythical heroes, say psychologists

 消費者(人間)が惹きつけられる「物語」のパターンはある程度決まっている。
 消費者(人間)がどんな物語を持ち、そこにどう食い込むか。
 どんな物語を示せば消費者(人間)が食いつくか。
 消費者(人間)の深層心理:物語をまず知れと。調べろと。

 消費者(人間)は、売り手にどのような意味づけをしているか。
 売り手は、消費者(人間)から搾取する側という意味づけをされるような事態に陥っていないか。満足できるギブアンドテイクを提示できているか。
 消費者(人間)は、サービスにどのような物語を期待しているか。
 「素早く力強い打開」という物語を与えるべきなのに、サービス側は「まわりくどい混乱した妥協」のごとき誰も入りたくない物語を振りまいてはいないか。

挿画

 さらには。
 売り手は「物語」を提供したり印象を与えたりすることによって、消費者(人間)の過去の記憶まで改変することは可能なのだと示す。
 映像や情報を示すことによって、CMや物語を提示することによって、「なかった記憶」や「間違った思い出」を簡単に消費者(人間)の中にこしらえてしまえるのだと。
  → 「偽りの記憶」

ディズニーランドでバックス・バニーに会いましたか?
 CMが子供の心に与える影響 ”偽りの記憶”を形成するかも
2001/09  Ananova Brainwashing ads can change our childhood
 
メディアからとりつく”悪魔払い:エクソシスト”
 昔実際に見聞きしたと思い込ませる テレビや映画の影響
2000/10  EurekAlert  New wave of exorcisms seen; some people can be convinced they witnessed a demonic possession as a child

p.218
消費者の多くは、広告に基づいてではなく、その製品に関する直接的な経験に基づいて購買意思決定をしていると主張する。しかし、広告は明らかに消費者の記憶を変化させることができ、したがってその行動に影響を与えることができるのである。

 テレビを見ているだけで。
右画 雑誌広告を見るだけで。
 車内の釣り広告を読むだけで。
 人間の過去の記憶は昔のままではなく、融通無碍に変化し物語を変えていく。変えられていく。

 そして。
 消費者を調べ操作しようとしているマーケッター自体、「人間」なんだよね。
 消費者(人間)も、売り手(人間)も、影響を受ける点では同じ。
 しいては売り手(人間)が売り手(人間)に影響を与え、影響を受けた売り手(人間)がそこからさらに売り手(人間)に影響を及ぼそうと……。

 合わせ鏡。
 どこまで行っても「対人間の枠の中」。
 水槽の中でみながお互いに水をかけ合い波紋がどんどん細かく複雑になっていって……。

クール

 どっちにしろ、売り手は「どうせなら買い手をうまくだましてくれ」とはかねがね。

 うちに来る保険屋、更新の時期だけ勧誘のおばさん連中が「これいいわよ」「あれいいわよ」と寄ってたかってくるが、それじゃ「かせぎどきだわ!売り手に都合のいいものだけ一方的に押し付けるわよっ!」と思えてしかもキティちゃんのティッシュ(キティちゃんは大っ嫌い)くれても逆効果、大金授受の相手としてはよけい信用できないし、非常にキモくて。
 勧誘おばさん全部追っ払ってから、オンラインで見つけたファイナンシャルプランナーに連絡して別の保険に掛け替えちゃったよ。先方はすごい安心できる対応をしてくれて、手練れの保険代理店を紹介してくれて、よっしゃあ、企業マンとの納得ずくでの大人の取引、という大満足な絵を得られました。
 実際には損をしているとしてもかまうこっちゃない、「信頼に足る相手との満足できる取引」という物語は私(消費者)にとって必要十分な一品。

挿画

 今流れているキリンレモン77のCM、アニメのバリバリテンションに思わず「あー!これ飲みてぇ!」と刷り込まれてしまい、さっそく自販機で買ってみたはいいが、アニメの濃さから「強い甘さ」と「超スパーク」を期待してしまっていたため、炭酸のひかえめさと味の薄さ(さわやかさ?)にがっかりした今日このごろ。
 広告が喚起するイメージがずれていたのか、実際の商品とは異なる物語(イメージ)で商品を迎えてしまい、必要以上に落胆してしまった私(消費者)なのだった。silent

左◆表紙
「心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす」

 ジェラルド・ザルトマン著
 ダイヤモンド社 2005/02


へぇボタン:へぇ〜 と押してみるもよし

●情報庫: 進化経済学+神経経済学 記憶 進化心理学 認知科学 脳・神経

メタル




|

« 生成文法のレシピはこちら | トップページ | 言葉のハルキゲニア! »

コメント

『あ〜、売り買いや儲けの話になると、人間は人間とは呼ばれなくなるんだなぁ、そんな。』に共感しました。「売り手」のための本でしょうから仕方ないんですけどね。

投稿: 正己 | 2005.04.05 23:47

消費者って<売り手に飼われて消費されるMONO>の名称でしょう?

なんか、こういう腑分けそろそろ脱する経済論誰か出してよね。

投稿: uri kai ました。 | 2005.04.08 15:13

「心脳コントロール社会」を最近読んだばかりです。この本も買おうかな~と思って、書評を調べてましたが。いやはや。骨のあるレビューでしたね。ナイスな指摘がいっぱいでしたねぇ。売り手も「人間」であること忘れたらいけませんね。にひひ(^o^)。

投稿: マーケティングぼうやのワクワクする商売日記 | 2006.08.09 16:58

小森陽一著 『心脳コントロール社会』 筑摩書房 (2006/07)
ですか。
 コントロールも何も、古来よりヒトは心的相互作用の幻に浸るよう進化してきてますから。
 コントロールの主体になれる、コントロールから逃れきれる、というのも、コントロールを搾取とみるのもまぼろしだしね。

投稿: あまさき | 2006.08.09 17:41

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/863/3581279

この記事へのトラックバック一覧です: 対消費者:心脳マーケティング:

» <04> 買い手の心の動きは違う [夜明け前]
[続きを読む]

受信: 2005.09.04 18:54

« 生成文法のレシピはこちら | トップページ | 言葉のハルキゲニア! »