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2005.04.14

境界を鎮める死体の山

 昔は「家系」や「親族」みたいな概念は無かったの?
 だとしたらその登場はいつ?
 「家系」や「親族」など人間関係のありようは墓の様式から推察できる?

対談「森と縄文人」 山田昌久/小山修三
 所収『縄文人の世界』 p.239
山田 「三内丸山は村の人間が道の脇に墓を作っている。一人前の大人は家族ではなく、村の人として埋葬されている。つまり、三内丸山の人びとは最初は村という意識の下で死んでいるわけです。でもその後、4000年前くらいになると、単位ごとにお墓を作るようになる。それは家族とか親族とか、そういうグループごとにお墓を作るという仕組みができてきたんじゃないでしょうか。

 死体が道の脇に埋葬されているので、縄文時代には「うちの身内」や「家族」という感覚はなかったかもしれないとしている。
 今風の「家族」概念とは異なるくくりの例はヨソの文化にもいろいろあるし、なんぼかそう考えてもよい部分はあるのかもしれない。

 縄文時代の習俗は中国の古代国家「殷」(いん)の影響を色濃く受けている。

 殷の世界では「姓」がなかったと推察されることから、家系観念も今とは違ってかなり薄かったのではないか、ということが指摘されている。(『呪の思想』p.175)

ジェム

 家系や家族の観念が異なっていた可能性に加えて。

 「殷」や「縄文」の当時は、死体を恐ろしい呪力のある呪物として扱っていた。

 そういう時代には、今どきの埋葬・葬送感覚とはほど遠い死体の扱いかたをしていたとみなしうる。
 「村の人として埋葬する」以前に、村を守るために「道のわきに死体を埋める」という行為が行われていた可能性がある。

 中国古代の「殷」の文化では、諸事物事を占い決めたり悪運を祓(はら)ったりする儀式で、頻繁に「死体」を使っていた。

 中国や日本に限らず、世界各地の古代世界観では、ものごとの はざかい は恐ろしく妖しいことが起きうる危険な場所だとみなされていた。
 家の境界、村の境界、時間の境界、身体の境界。

 そういう はざかい からは、いつなんどき恐ろしい災厄(さいやく)がしのびこんでくるやもしれない。
 悪しきものが侵入してこないように、古代の人々は強い呪力を持つアイテムをたくさん はざかい にしつらえた。

本ミニ『呪の思想 神と人との間』
p.276-277
白川 「中国の場合にはね、異民族は殺すんですよ。中華圏外の者はね、殺して首を取って来て、城門に埋める。この殺した異民族は守護霊として使う。戦争で遺棄された屍体があると、それを集めて城門に埋める。【中略】匈奴族なんかの敵の首領を討ち取るとね、みな壁に埋めてしまう。魔除けになるのです。

 チョー強力な呪いアイテムとしての「死体」。
 それを はざかい に置く。

右画 「道」も、外と内をつなぐ境界とみなされる。
 妖しいものを導く場としての「道」。
 何が通るかわからない。
 災厄が「道」を伝って村の中に入ってくるかもしれない!!
 その危ない境界を鎮めるために、冒頭の三内丸山の縄文時代人たちは、最強の呪的防壁として「死体」を用いていたのではないか。

 ●ネット 三内丸山遺跡 (さんないまるやま)
 ●ネット 三内丸山遺跡 - Wikipedia

 殷の時代から今に伝わる「道」という字自体、
  ネット人間のナマ「首」を持って道占いを行い祓う(漢字コラム)
そんな様子を表す怪奇な字。

 祖先の時代には、自分たちが暮らす場を守るために、道のわきにせっせと人間の死体を埋めていた。

 …シベリアや北海道の道を拓くために動員された人々の死体が、その道のわきに累々と埋められている、全く歴史も意味も違うのに、表現してしまうと似たようなありさまになってしまう。
 たちの悪いジョークのような符合……。

 そういえば、「橋」もはざかいの代表。
 そして「人柱」が立てられる事物の代表でもある。
 これも符合だろうか。

 縄文時代は、「殷」のように「姓」を気にしない文化でかつ死体を呪物扱いする文化だった、でもこれは言いきっていいのだろうか。
 家族概念はあったが、それどころではなく死体の埋葬は「道」でなければならなかっただけなのかもしれない、そんな可能性はどうなのか。

 古代の世界観はまだまだ推理の余地があるんだろうか。


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コメント

 「境界を鎮める死体」
といえば、古事記にあるイザナミの埋葬の話、「それ神避りし、伊邪那美は出雲と伯伎の堺、比婆の山に葬りき。」というのを思い出します。
古事記が書かれた時代は、まだ縄文時代の記憶が残っていたのかもしれませんね。

投稿 国産大豆 | 2006.01.17 22:01

 墓を自宅内や敷地内つまり”我々の地の中”に置く文化慣習や、”彼の地”である離れた山中や崖さらには海の向こうに墓地を想定する文化例もある中、”縁故はあれどもう我々には含まない”という感覚から生じるのか”村はずれの埋葬”は世界的によく見られる例ですね。

 境界畏怖自体は、縄文に限ったことではなく、境界(リーメン)に力を見出す例は各国の異文化でも現代でも観察されますし、ヒューマン・ユニバーサルの一つ(人間普遍の現象)として数え上げてもいいかも。
 境界畏怖と死体畏怖の二つのヒューマンユニバーサルが重なった結果としての呪術(ヒトの感情反応が生み出した儀式や慣習)、こういうくくりで世界を探しなおすと豊富に例が挙がりそうです。

投稿 amasaki | 2006.01.18 10:58

アイルランドで見つかったボッグマンも「境界に死体」の例で。

鉄器時代の国境に埋められた呪いの遺体@ダブリン郊外
 25マイル隔てた場所から2003年に発掘されたClonycavan Man と Old Croghan Man
 2300年前の王領の境、ピート層から死の前に拷問を受けた男2体
2006/01  PhysOrg.com(UPI) Expert: Bog bodies buried at boundaries

植物性のポマードを使っていたClonycavan manはおそらく夏に殺された
 胸部と腕だけの首ナシ死体Old Croghan Manは冬に死んだらしい
2006/01  BBC News Iron Age 'bog bodies' unveiled

アイルランドのボッグマン、整髪料は輸入品だったらしいぞ(グロ画像注意)
2006/01 National Geographic Photo in the News: Iron Age 'Bog Man' Used Imported Hair Gel

マニキュアもしていたのか
2006/01 National Geographic  Murdered 'Bog Men' Found With Hair Gel, Manicured Nails

投稿 雨崎良未 | 2006.01.20 20:13

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