縄文人はガーターをはいてたの?
縄文時代のファッションってどのくらい解明されているのかな…?
小山修三「おしゃれな縄文人」
(国立民族学博物館名誉教授)
所収=『縄文人の世界』
うわ、ネット上にこの先生が噛んだ「縄文時代のファッションショー」画像があった。
縄文ファッションショー @縄文トリップ
「おしゃれな縄文人」を読む限りでは、今現時点でできる限りの想像力で資料不足を補いました、という冒険的なできばえのようで。
さて「おしゃれな縄文人」。
日本の縄文時代ファッションを推察する過程で、なぜかここに アイスマン(革の衣服を身にまとったヨーロッパのミイラ) が登場しちゃいます。
5000年前のアルプス人は、ズボンははいていなかった!
いや、下半身ハダカじゃいくらなんでも寒いよね。
ズボンではなく、左右の足にそれぞれでかいレッグウォーマーみたいにして筒をはいて、それを腰からヒモでつるす、要するに「古代ガーター」。
世界各地でこういうガーター型の下半身衣装があったそうで、それを参考に縄文時代の衣装を考えてみたよ、とか。
おー。あったあった、アイスマンのガーターの写真。
The Iceman's leggings@Photo Archives of the South Tyrol Museum of Archaeology
…さすがに色っぽさはない。です。
ふんどしして、ガーターはいて、長靴はいて、上着は貫頭衣。
それがかつての日本の縄文ファッションだったろうとのこと。
ただし。
これは縄文時代の話。
縄文時代と弥生時代は文化内容の差が大きいので、いきおいファッションの内実も(見た目だけでなく装いの意味も)異文化なみに異なる。
衣装に加えて、縄文時代は身体にさまざまな模様を描く 「文身(ぶんしん)、入墨(いれずみ)」が広く行われていた。
縄文時代の人間は、さまざまな呪(しゅ)や祓(はら)いの機能を託して、生きている人間の体に限らず祭祀(さいし)の品、日常の品々、さらには死体にまで、いろいろなものに特殊な文様(もんよう)を刻んでいた。
白川静・梅原猛 対談「呪の思想」
p.21
白川「殷の文化のいちばん特徴的なものは、まず文身の俗があること、これは殷以降にはありません。」
※文身(ぶんしん)は刺青(いれずみ)と違って、一時的に文様を描くだけ。太平洋沿海民族の間で広く行われていた習俗。
殷(いん)の時代の文化流入が、縄文時代の習俗に大きな影響を与えたのだということらしい。
文様だらけの縄文土偶。
複雑なデコレーションに身を固めた縄文土器。
…こうなると、縄文時代のガーターも、もしあったのだとしたら、これは両端を中心に妖しく手の込んだ文様にこってり彩られていたんじゃないか、と思えてくる。
ああ、それだけじゃない。
冒頭の縄文ファッションショー も、再現するなら顔や腕に文様を描くべきではないのか、こぎれいに洗った素顔で縄文の衣装を再現してみても違うでしょう、そんな気がしてくるし。
イベントとしては楽しいのかもしれないけれど。
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