埋もれた楽器で神を呼べ
「埋もれた楽器に謎たくさん」 の続きのような話で。
●「神を呼ぶ石笛」の話、この説のいいだしっぺにあたる人がひとしきり「石笛」とその考察について述べていた。
「縄文人の音世界」廣瀬量平(日本伝統音楽研究センター所長)
所収:『縄文人の世界』 p.108-109
私がそのことを書きましたら、評判になりまして、今やいろんな方がそのことをまるで常識であるかのごとく語られて、いろんな本に当然そうであるというふうに書かれています。これはまったく私の仮説だったんです。それをみなさんはじめいろんな方がそれをそうであると断定せんばかりになっているので、いつのまにか私の直感ということになっているのです。
あらら。
日本古来のものとされがちな「雅楽(ががく)」は、もともとは仏教の浄土世界を表現する中国やシルクロードから来た舶来(はくらい)の音楽であって、さらに遡(さかの)る日本の神(荒神:あらがみ、こうじん)をお呼びするにはふさわしくないのではと推察される。
神を呼び出すのは、「石笛(いわぶえ)」。
日本の古い神道の伝統は、中央より遠隔地の末社の方でよく保存されている。
海神の化身は海蛇@大島。
(ヘビはかねがね神と結びつきやすいね)
「神降ろしに高音の笛を用いていた古代」
大島の海岸では石笛になりそうな「穴のあいた石」がたくさん見つかる。
神とともに海からもたらされる、神呼ばいのための笛。
対談「縄文三仙人の詩」宗左近/梅原猛
所収:『縄文人の世界』 p.88
梅原「能は死の世界です。死者が登場する演技を作った。あんなにはっきり死の世界が出てくるのは他に例がないでしょうね。」
「能」は死者の世界をあらわす。
これは 「憑霊の夢幻能」 でもそういう話だった。
「能」の前半は霊に取り憑(つ)かれた人間が語る。
「能」の後半は霊自身が語る、それを舞い表すのが、「能」。
そして霊が高ぶるとき、神がいよいよ現れるときに、「能」の楽器がおもむろに切り裂くような高音をさしはさむ。
これはまさに「神降ろしの石笛」の音色(意識を撹乱/かくらん/する高周波音)を模しているものなのではないか、と推察されている。
面白い。
というか、この話は古代研究方面では常識なんだろうか?
もうふつうに流布しちゃってて部外者が知らないだけ?
へぇボタン:へぇ〜
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