100歳の美しい脳:女と献身の図式
修道女は手をさしのべたが、研究者はどのような手をさしのべたのだろうか。
結局献身していただくだけなのだろうか。将来の夢に仮託して。
![]() 「100歳の美しい脳 アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち」 デヴィッド・スノウドン著 DHC 2004/06 [bk1] 原書:2001 Aging With Grace |
病気にかかりやすい人とかかりにくい人の差は何か、ある病気にかかった人はその後どのような経過をたどりやすいか、たくさんの人に対して何年何十年もの追跡調査を行ってデータを蓄積する。
そういう研究調査は世界各地でいろいろ行われているが、この本はその中でも「理想的な条件にある研究対象を得て喜ぶ研究者」の語り。
The Nun Study
けしてアルツハイマー患者や介護者の助けになる本ではないし、まして修道女が語る人生とその心構えがメインな本でもないわけで。
修道会の了解を取り付けて。
修道女の人生の記録を閲覧し、アルツハイマー病の罹患状態を観察し、はては死んだら死因に関わらず有志は「脳みそを研究に提供する」。
研究者のもとには、修道女の死体から取り出された脳が次々と送り届けられる。
著者の姿勢はそつない。
失礼な書きようをしているわけでもない。
研究でわかったことわからないことを記し、
お互いの信頼関係や心温まるやりとりを随所にはさみこみ。
読み手は「なんと良い研究者なのだろう」という感想を持つんだろうな。実際そういう評がアマゾンに溜まっているし。
でも何かおかしいものを感じる。
結局、ろくなフォローも気配りも、被験者に対して十分とは言えないんじゃないかという…
p.58-59
シスター・リタは私に言った。「悪気がないことはわかっています。でもあなたの話に、一部のシスターたちは動揺しています」
「動揺ですって?」
【中略】
シスターたちを研究対象としてではなく、人間として扱いなさい。私は最初、シスター・カーメンからそう注意を受けていた。その点は自分でも気をつけていたつもりだが、いつのまにか頭から消えていた。それをシスター・リタが気づかせてくれた。彼女の言うとおりだ。その指摘が耳に痛い。私は二度と同じ過ちはすまいと誓った。
p.59-60
そうした反論には、疫学とは人口集団の全体的な傾向について研究する学問で、個人の運命は予測できないと説明するしかない。
【中略】
アルツハイマー病は人生と同じで、ぜったいこうだという保証はないのである。
p.162-163
私は疫学研究者として、リスクを数学的に見る癖がついている。それは「可能性」対「蓋然性」の評価と言ってもいいだろう。だがナン・スタディをやってみてわかったのだが、一般の人は、リスクという概念のとらえかたが科学者とまったくちがう。ある病気のリスクが高いと言われたら、すでに病気になっているか、すぐにでも発病すると思ってしまうのである。かかってもいないし、ひょっとしたら一生ならないかもしれない病気を恐れながらの生活は、あまりに負担が大きい。
研究者の不用意な発言が、被験者を混乱させ不安におとしいれてしまっていた、という経験譚が何度か言及される。
それに対して、こう説明して対処した、気をつけなければ、と反省の弁は述べられるが、なにか「それだけ?」という違和感が残る。
これはなんだろう。
相手が「修道女だから」、とくだん研究者ふぜいが被験者のありようを慮ることはない、フォローを重ねることもおこがましい、から?
修道女じゃなかったら対応が違っていた、ということはない?
(著書の中で、倫理的にお行儀的にこぎれいな優等生的たてまえを書き連ねていても、実際に著者本人に会ってみたらば浅慮や偏見だらけで言動が一致していないじゃん!というケースは世の中にはけっこうあるわけで。
当該書もなにやらその「タテマエきれいです」のたぐいだったりするんじゃないのか、と疑念がわいてきてしまっているのだった)

それにしても。
なぜ修道女だったんだろう。
なぜ修道者じゃなかったんだ?
「献身」というレッテルが、女にはより強く彼我ともに作用する?

そいでもって。
私がこの本を読んで最も不思議だったのは
修道女はなぜ、なんのために修道女をやっているのだろう。
p.285
[ノートルダム教育修道女会について]
ノートルダム教育修道女会は、ローマカトリック教会の国際的な修道女会のひとつである。貧しい家庭の少女を教育することを目的に、1833年年/mama/に創設された。現在もキリストの精神を受けついで、貧者への奉仕のほか、あらゆる階層の人間に教育の機会を提供しながら、とくに青少年と女性に配慮した活動を行なっている。会員は北米、中米、南米、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オセアニアの三〇か国以上に派遣され、各地で奉仕活動を展開している。
ノートルダム教育修道女会がアメリカにやってきたのは一八四七年のことで、力トリック教育の先駆者として全米に数千もの学校を作った。現在では、教育活動での長い伝統を基盤として、教職、保健、社会サービス、司法、平和支援、精神指導、教会、管区などさまざまな部署が設けられている。
修道女会の世界的なネットワークは21の管区に分割されている。地理的には遠く離れていても、その精神はひとつであり、人びとが豊かな人生を送り、神に近い自分を発見することを共通の目的としている。
神に近い自分?
精神はひとつ?
それでどうして修道女はおのおの「認知症になるかも」「認知症になったらどうしよう」と一喜一憂し、気にかけ、おろおろしてしまうのか。
修道女は死をどうみなしているのか。
老いやアルツハイマー病をどう受け取っているのか。
修道女にもキリスト者にも縁のない身としては、まずそこに興味惹かれるのに、この本にはその点ろくに描写はなされていない。
著者の関心の外だからか、主題からずれるからか、それとも西洋ではそんなことはデフォルトで衆知了解のことであって特段のべたてるようなことでもないのだろうか。

なぜ修道女は痴呆を恐れるのか。
神の意志はそこには現れてはいないのか。
そこに信仰は関与しないのか。
そういうことは… 修道女相手に突っ込んだら失礼なのかな?
…突っ込まない方が失礼ではないか?(達人の見解をうかがうべきでは)と思ったりするのだが。
仏教とはチガウモノなのかな。
生病老死を超える点をめざして脱構築していく、そういうベクトルとは逆もしくは異なる人々なのか、神のしもべは。僧とはちがうのか…。
アルツハイマー病の可能性を示されただけでおびえ動揺し悩みまくる修道女さんたち。
素朴すぎる。
アルツハイマー病は神の意志ではないのか。どうみなしているのか。
そこのナラティブをうかがいたいのだが。
研究者である著者は、被験者の心の深奥・詳しい思いにまでは踏み込まずに、彼女らの死で進む研究とその成果のあれやこれやを開陳する。
被験者は脳のスライスであり、昔記した日記であり、高齢期の認知能力テストであり。
当人の思いは?
身を呈した個人は個人性を薄められて。
あと親族は? 修道女の親族は? 修道女は修道院で何をしている?
親族との関係はどのような形になっているのだろう?
異文化的にわからないことがたくさんあって。
知られぬ人生と、注目されぬ死の多いこと。

ところで「楽天的&人生前向き」なポジティブな人間が、確率的にはやや長生きだという話。
希望は長寿につながる!? 楽観主義者は悲観主義者より長生き!
2004/11 UK Today (JAPAN JOURNALS LTD.)
2004/11 EurekAlert Optimism associated with lowered risk of dying from heart disease
2002/09 Psychiatric News Volume 37 Number 18 To Live Longer, Accentuate The Positive
楽天家はアルツハイマーになりにくい 修道女の調査から
2001/05 Science News, Vol. 159, No. 21 Look on the bright side and survive longer
ナン・スタディ(修道女の調査)では、若いときに人生前向きだった人は長生きする傾向があるとしている。
p.248
シスター・ジェネヴィーヴとシスター・ペネロープ、その他一七八名の修道女が、平均二二歳で書いた自伝は、前向きな感情表現が、その後の長寿をはっきり予見していた。これは驚くべき発見である。成人してまもないころの文章が、六〇年以上もたったあと健在かどうかを知る強力な手がかりとなっているのである。
人生前向きな人は、同じイベントでも「楽しい思い出」として記憶する。
悲観的な人は、同じイベントを前向きな人より「楽しくない思い出」にしてしまいがち。
同じイベントを体験しても、同じ人生を経験しても、ものの見方が悲観的だと思い出も楽しくなく、人生自体が楽しくなくなってしまう、その現象は「ごく若いうちから」起きており、悲観的な人はそのぶん人生損してしまう??? その上寿命も短くなる?
いや、人間むやみに長生きすればいいというものでもないのだが、長生きしたいとも思わないが、しかし。
思わないこと自体すでに「人生が損に思える組」でございという悪循環なのか。
う〜むむ。

よけいな指摘をするならば。
このナン・スタディ(修道女の調査)の被験者は、みな信仰の道を選んだ者たち。
行動遺伝・性向遺伝の研究で、「生まれつき信仰にはまりやすいか否か」は、遺伝子によってなんぼか決まってくるという事実が指摘されている。
信仰心は生まれつき?
幼いときは遺伝も環境も影響は半々@双子調査
ただし、思春期〜青年期は遺伝要因のほうが優る
2005/03 EurekAlert Nature helps create religious adults
信仰好きか否かの強弱は、脳機能が左右する。脳のタイプは遺伝が左右する。
遺伝する脳。
被験者は信仰者。
脳のタイプが、修道者を選んだ時点ですでに偏っているよ、そんな横槍もありなのかも。

信仰とアルツハイマー病。
この関係を、「100歳の美しい脳 アルツハイマー病解明に手をさしのべた修道女たち」というタイトルを掲げた本は記しておいてしかるべきなのに、肝心のそこが欠けているのが不満点。
信仰心はアルツハイマー病の進行を抑えてくれるかも
2005/04 EurekAlert Spirituality, religious practice may slow progression of Alzheimer's disease
どう抑えてくれるのか。
信仰とアルツハイマーの関係について読みたければ、
『私は誰になっていくの? アルツハイマー病者からみた世界」』
のほうが、当事者には実際的な記述が多く、修道女調査のお話よりはるかにオススメ。(続編も出ていますし 『私は私になっていく—痴呆とダンスを』 、著者は数度来日も果たしています)
アルツハイマーに罹患した患者本人が、信仰の助けによって毅然と困難な状況に対処し暮らしている日々。
研究に貢献した修道女の話(「100歳の美しい脳」)を読むよりは、市井の患者の語り(『私は誰になっていくの?』 )の方が病気に対処する心構えをはっきり語ってくれていて、より当事者にはありがたい内容になっているという、なにやら皮肉な。そんな。

この話には続きがあります 『ブログでわかる将来のボケ度』
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受信: 2005.10.06 23:20







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