牛と日本人、反芻不良な日本人の心
自分の専門分野を越えて複数の分野に手広く手を出し、その結果、成功している例と失敗している例、それぞれ。
![]() 「牛と日本人 牛の文化史の試み」 津田恒之著 TUP叢書 東北大学出版会 2001/09 「日本人の「心」と心理学の問題」 山下恒男著; 現代書館 2004/10 |
まずはこちら。
「牛と日本人」
家畜生理学の先生が、引退後に牛にまつわる文化的側面についてさらに渉猟(しょうりょう)し、広範な分野の情報を要点を押さえてまとめあげている、真摯/しんし/な好著。
根本に畜産学的知識がきっちりあるゆえにか、もしくはもとより地に足をつけて歩んできた堅実思考な人ゆえか、(4年前の時点での)最新の知見を踏まえ、古来の民俗も押さえ、近代の変遷も的確に釘刺しあり、いずれもはずしておらず、とても安心して読める。
牛の人工繁殖あり、牛頭天王(ごずてんのう)あり、畜産政策あり。
すばらしい先達の仕事だと思う。

●エジプト時代の牛を描いた「岩に刻まれた浮き彫り」から読みとれる牛の生態。
・子牛は乳を吸うときしっぽを振る
(振っていない=飲めてないトラブル)
・人間も子牛と共に乳房に吸い付いている
・親牛が子牛の体をなめている
(なめると、親牛の消化用微生物:プロトゾアが子に渡る)
さまざまな階層の情報がひとつの図にこめられているみごとさ、知恵。
●江戸時代には牛乳を飲む習慣がとんとなかったこの日本。
近代日本になって政府が牛乳の飲用を奨励しはじめても、牛乳はほとんど「薬」扱いで庶民に普通に飲まれるにはほど遠い状態だった。
p.79
昭和の初期においてさえ、門口に牛乳屋が牛乳を届けに来るようになると、その家からいずれ、葬式が出たと言われるほどであり、まだまだ、牛乳は薬であり、且つ、高価であったことがわかる。

●高級和牛の肉が醸/かも/す、すばらしい芳香は、肉を「空気に触れさせながら熟成させていく」ことで生じる特殊な発酵臭。
「真空包装されたのち、熟成される」輸入牛肉では、この香りはあまり期待できないのだそうだ。
●漢方薬として珍重される牛黄(ゴオウ)。
これは牛の肝臓に巣くった寄生虫を芯にして形成される「胆石」のことなのだそうだ。
密教ではまた違って、「地に触れる前に受けとめて集めた牛糞」が牛黄(ゴオウ)。
目上の人物が宿泊なされる部屋は、牛黄(牛の糞)で壁塗りをするのが礼儀だったりする。
●牛の角は、江戸時代に「張形」(ディルド)の材料としても使われた。
p.125〜
張形とは男根に模して作られたもので、すでに鎌倉時代には存在し、使用されたという。江戸時代になると、種々の材料から作られるようになり、べっ甲製が高級品であった。牛や水牛の角、あるいは革や木から作られたものもあり、べっ甲製よりはずっと安価であった。水牛の角は当然、輸入品であったろうから、それが重用されたらしいのは、和牛の角より表面に凹凸が多かった故で…【後略】
つづきは本書で。
いろいろその道の話がございます。
●肉食とケガレが結びついた歴史上の経緯、中世日本では「肉を食ったら3ヶ月、物忌/ものい/み」なんてことも普通だったらしい。葬式なみ。
日本人が4つ足動物の「血」を飲食することを嫌う風、畜産文化圏とはかなり異なる価値感覚。
牛は日本文化においてはもっぱら「働いてくれる動物」であって、「おいしくいただくための動物」ではなかった。
●クローン牛は2000年10月の時点ですでに国内だけで200頭近く生産されている。
そのほか長年の蓄積が十分に染み渡るそつなくコンパクトな記述。
畜産にたずさわる人でも、民俗研究にたずさわる人でも、牛を食べるだけの人でも、この様々な方向から眺めた牛にまつわる知識の開陳/かいちん/には、かならずや何か得るところを見出すでしょう。

こっちはかなり困った一冊。
ものすごいでかい本なんですよ。
600ページ以上もあって。
値段7000円もして。
著者はすごい入れ込んで書いたらしい。
タイトルどおりの大きな構えで、何をしょいこんでいるんだか、日本の心理学の現況を全部見渡して俺が問題点を指摘してやるとばかりにまぁ〜手を出す手を出す。
心理学内の諸分野のみにとどまらず進化心理学やら関連周辺分野にまで手を出してぶちあげる。
が。
異分野を包摂するどころか、この人、異分野交流足りなさすぎ、独断すぎ、読んでいてかなりつらい。
行動遺伝がらみで「一卵性双生児のDNAが全く同じだというのか」とか書いてしまっている始末だし。
なんでイキナリこんな冒険をしたんだろかこの人。
こんな大部にかまけるヒマがあったらその前に他の人々の意見を聞いて回ってくれよ、と思うのだが、そういえば
ネットを見て驚いた、見も知らぬ有象無象が
誰に宛てているのか勝手な感想を書き散らして
みたいなかなり「世間離れした」くだりも書いていらっしゃった。
…もともと交流や状況把握に不得手&それを自覚しきれていないお方らしい気配。
ともあれ、読みづらいし論ゆるいしインターネットもろくに現状を把握してないようだし…
混乱していて考察は浅いし、もっとコンパクトに書けるはずだし。
私的には読むだけ時間の無駄だと思ってしまった難物でした。
文化心理学に対するツッコミはちょっと面白かった(p.426〜「北山等の楽観主義と限界」云々)。
この部分だけつまんでみるのもいいかも。
北山氏といえば、北大の社会心理学閥にあられもなくコケにされてなんかかわいそうだった…

「牛と日本人」のほうは、著者の人脈・人徳のたまものでしょうか、出版前に各分野の先達・専門家に全文目を通してもらっている。
「日本人の「心」と心理学の問題」のほうは… ちょっと聞けばすぐ訂正できたでしょうが、みたいな凡ミス勘違いが少なくなく、独断で突っ走った気配ありあり。
…書き手も売り手も読み手も損をしない著述のお手本は、「牛と日本人」でございました。
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