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2005.05.15

精神医学を救う暖かなノリツッコミ

 日本に→ 「救急精神病棟」を拓き、現場で多くの実践経験と成果を積んできた、新しい精神医療体制の先駆けをこしらえてきた人の語り。

左◆表紙
「統合失調症あるいは精神分裂病 精神医学の虚実」

 計見一雄著
 講談社選書メチエ 講談社 2004/12

 急に心の病が悪化した、そんな緊急事態に対応し、診てくれる病院。
 心の救急病院。

→2002年2月26日 読売 医療ルネサンス 『〔シリーズ精神医療〕(5)救急の現場 』
 ◆低い報酬、人手不足…「24時間体制化」遅れ
 「悪化前の治療が大切」
 【千葉県で全国初】【一晩に電話50本】
 ◎精神科救急医療システム
 患者側には高いニーズ 厚労省は改善予定
 軽症者向け対策も整備を

 救急精神病棟とは何か、実際はどんな現場なのか、については、当該書より、 「救急精神病棟」のほうを読んでいただいたほうが早い。
 精神科の急性期治療体制の整備は、かねてより強く求められているし、実績を上げ、効果もあがっているのに、日本では上掲記事から3年たった今も、これなかなか普及が進んでいないらしい。

 計見(けんみ)氏は千葉県精神科医療センター長(救急精神病棟の院長)だった人物。
 この著作の出版後、今年の春で定年退職なさったのだと思う。

 この本のタイトル、こんな遠慮したしらっとしたもんじゃなく、もっとインパクトを効かせたものにしても良かったんじゃないだろうか。
 内容は、講演会の語りをそのまま書き落としたものが元になっている関係で(いやこういう書きようがもともと好きな人なんじゃないかとは思うけど)、かなりくだけた、行儀悪く走った言い回しも随所ではめはずしているような状態だし、
  「精神医学の虚実をあばく 統合失調症あるいは精神分裂病の現場から」
みたいななんぼか煽ったものにしてしまっても悪くはなかったんじゃないかと思う。

 計見氏はどちらかというとアノマリーな位置、主流にチャレンジするパイオニア的立場の著者。
 一連の講演会に池田氏@構造主義生物学と佐々木氏@アフォーダンスもお招きになっているのはその関係なんだろうか??? なんか ”3人よるとそれこそあらぬ方法に走っていってしまいそう” な、ミョーな取り合わせなんだが…。

 計見氏は体当たりの現場経験と、彼独特の共感・理解を駆使して、心の不調に苦しむ人々を処してきた。
 その、理屈より経験則の職人のような実感を振りかざし、「相手の話に、相手の妄想にノリツッコミしてみろ」と説く。

p.41 -42
 私は、「お前もこの中へ入れ」と後輩の医者に言ってます。脳味噌の中なんて入れないけど、相手の中に入って、一体彼には外の世界がどう見えているのか、どういうふうに見えているのか、を理解せよ。

 彼はさまざまな場面で患者の妄想や思いに、否定をせずノリツッコミしてみる。
 そして、ノリツッコミで拓かれた共感が、患者の目をキラキラさせる、光らせる、その実体験を語る。

p.123
 患者にとっては、医者が口をパクパクさせているだけの記憶しかないかもしれない。だけどそのパクパクしている奴の何か、「なんだか解らないけれども私の心を理解したな」、あるいは「理解しようとしてくれたな」、ということは伝わる。伝わるか伝わらないかによって、これは生死を分けることにつながる。

 ノリツッコミ行動(「そうそう宇宙人だ。うん、記憶がないんだよね。」みたいな)は、はた目にはおちょくりにみえることもあるが、また計見氏自身はっきり理解しているかどうかは定かではないが、非常に有効な効果を患者に与えてくれていると思う。
 もうこのへんになると救急かどうかなんてかまわなくなる。実際この本では、この救急精神病棟の院長さんは精神科急性期の治療体制云々についてはさほど語ってはいないわけで。
 有効な効果。
 これは理屈がどうこうではない、感情の刷り込み。

本ミニ 「無意識の脳自己意識の脳 身体と情動と感情の神秘」  アントニオ・R.ダマシオ著 講談社  2003年   原書= The Feeling of What Happens, Antonio R. Damasio. 1999

 人間の生死を分かつ「感情」。

 「記憶に残らなくても感情はしっかり刷り込まれる。感情による好悪は人間の行動を深いところから左右する」、ダマシオがきっぱり示したこの効果が、計見氏のアプローチの成果となって現れている。
 「彼はわかってくれたことがある」、その感覚。その感情記憶。それを、「共感」を積み重ねることで、快癒への近道が拓けてくる、のみならず施療者自身も、救われる。

画

 現場で直感的に計見氏はこの感情効果を体得し、現場で実践してきた。
 彼の仕事場を描いたルポルタージュ 「救急精神病棟」では、”記憶喪失”で入院してきた患者をめぐって計見氏と看護師との見解がかみ合わない、というエピソードが語られる。
 取材側に対して、看護師側は「あの患者は絶対記憶喪失じゃないよ、詐病でしょう」と主張し、彼らの上に立つ計見氏はさらりと「いや、やっぱり記憶はないんだと思うよ。」と交わす。
 不思議な食い違いだなと気にかかっていたのだが、当該書を読んで何か腑に落ちたと思った。
 計見氏は自覚しているかどうかはさておき、患者側の「わかってもらえた感」がもたらす効果をひたすら信頼し、高く評価しているのだ。

 ゆえに私は 「救急精神病棟」で「ここまでわかってくれるのか、ここまでついてきてくれるのか、すごい」と感動することになったわけだし、当該書で計見氏が語気強く
   「他の精神科医は患者の心の中を見ていない」
と非難もするわけで。

 思わず比較してしまう。
  → 『時代の人格障害とトンデモ本』
    でさっぱり他人の心を理解していない言動をしていた精神科医。
  → 『犯罪にまつわるナラティブとナルシズム』
    で心を病む兄の心の中を描写せずに行政や制度の不備ばかりあげつらう翁。

p13-14
 終幕は外来の待合室なんです。外来の待合ホールの向こうの壁にベンチが置いてあって、「患者・お母さん」、「患者・お母さん」、時々は離れて「お母さん・患者」、と座っている。それ以外の組み合わせ、夫婦もあるし一人ももちろんある。みんなこっちを見てくれているから、俺は通りかかって向こうを見る。で、ここからが大事なところなんです。
【中略】
私が歩いている時に、ぱっと目線が合うのは、患者なんです。例外なしに。その人たちは、私と笑い合った人たちなんです。それでニコッとするんです。ごく自然に。
【中略】
ずーっと空っぽの顔が並んでいる中でね、ピカピカピカピカ、と光っているものがあって、それが全部患者なんです。暗夜の灯台のごとしです。普通の人たちは昼間の灯台。私はそこまで経験して、それで「分裂病者は目が合わない」って言う奴は殺してやりたいわけ。

 口の悪さはともかく 共感のまなざし。
 それが患者ではない人間、健常者である付き添いからは、返ってこない。
 共感のまなざし。
 共感を失って心の病の中に孤立した患者、その患者との共感を、成立させた成果。

  cuteangel

 共感が生じる経験に接して患者さんがフワーっとおぼろな笑み(空笑)を返してくれる、そのありさまを、 計見氏は「新生児微笑」 に通じるものではないかと推察している。
 これはどうなんだろう。
 … ダマジオあたりの扁桃核&好悪の感情な話をはしょって赤ちゃんの生得的条件反射に直でつなげてしまっていいんだろうか。

追記:空笑は新生児微笑とは関係ない。もしくは、関連づけるのは無理め。   → 『新生児微笑と空笑』

画
 計見氏、あまり理屈はこねないほうがいいと思う。
こねるのであれば、できればその主題の関連分野の人々と十分交信交流してからにしていただければ。
 当該書後半ででかい顔をしている精神分析的解釈は要らないと思うし、統合失調がどうのという解釈もかえって邪魔なのではないか、自分(計見氏)のすごさはどこにあるのか、理屈じゃない。
 計見氏には、自分の手法と経験則を、あとづけの論理で歪めることのないよう願いたい。
 下手な理屈こねは、誤謬側(佇立やらゲフュールやら虚構ジャーゴンを抱えた者)と紙一重・同レベルの”みなし合戦”に立ち戻ってしまいかねない。
 計見氏は講釈士や旗持ちではなく、実践者、手練れの職人であって。
 他者に自分の枢要な技を伝えられるか。マクリントックになれるか。

 この本の内容はほんと、ナマ。
 調理吟味されていない、よくしゃべるし、勢いで語った部分も少なくなかろう講義の調子をまま残していて、いや、キャラ的にその生さが似合うと言えば似合うのだが、著作としては微妙。

 統合失調とはなんぞや、とか、精神分析から考えるとかくのごとき、など、一席ぶちたくなるのはわからないでもないけれど。
 精神医学は政治(物事の意味を操作して戦う行為)と親しいのかな。
 精神医学と政治。どちらも意味操作の世界だからか。
 因習が招く勘違いや業界の悪癖を正そうとしているのはいいと思う。
 ただその是正の源に自前の理屈をあつらえようとするのはほどほどに。

 実感を大切にしろ。
 理屈や論理をこねはじめたら、この世界では実感も成果もだいなしになりかねない。
 結果オーライを大切にしろ。
 感情の扉からきりひらけ。

暗BG

 計見氏は、統合失調症解明への手がかりが脳研究の進展から得られないかと期待しているのだが、今の診断基準では統合失調症になる前の状態が研究できないという不備を指摘し、ぼやいている。
 精神病の精神マニュアルであるDSM-IV、統合失調症の診断基準は「3ヶ月以上の症状」なので、

p.40
 始まったばかりの分裂病の脳ではどうなってるんだ、ということが知りたくても照合できないことになります。
【中略】
 つまり、分裂病というものをこちら側から素材として提出する「仕方」っていうか、分裂病なら分裂病の「捉え方」がもはや古すぎるんです。もう、合わない。凄いスピードで前進している脳科学の水準に。

 脳科学側からはこの点どういうリアクションが来るのか。
 できれば脳研究者からの見解も添えて欲しかったし問うて欲しい。

※「ノリツッコミ」という表現は勝手につけました、当該書の中にはそのような呼称は登場いたしません。

◆新刊◆新刊◆新刊
本ミニ講談社選書メチエ『統合失調症あるいは精神分裂病 精神医学の虚実』
 計見 一雄 著 講談社 (2004/12)
本ミニ改訂版『精神救急ハンドブック—精神科救急病棟の作り方と使い方』
 計見 一雄 著 新興医学出版社 (2005/04)
本ミニ『脳と人間—大人のための精神病理学』
  計見 一雄 著 三五館 (1999/06)


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メタル

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コメント

先日(5/27)「空中ブランコ」というドラマを見て、阿部寛さん演じる精神科医に「いいねぇ」と声援。そして今日(5/28)にこの記事を読んで「もしかして計見医師がモデル?」と…。原作を読んでいないので。
記事の中では、『実感を大切にしろ。理屈や論理をこねはじめたら、この世界では実感も成果もだいなしになりかねない。結果オーライを大切にしろ。感情の扉からきりひらけ。』に理屈をこねるのが好きな私も「そうだよなぁ」と。
そんな感想です。(^_^)

投稿: 正己 | 2005.05.29 01:05

いえいえ、4月のメンテ以来、このココログはデフォルトで「二重投稿エラー」を頻発させていますので、お気になさらず。
しかし夜は重くて閲覧ダメダメだし、ほんと使えないブログサービスだ>ココログ。

投稿: 雨崎良未 | 2005.05.29 08:18

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