知覚と認知の考古学:古代の世界観
我々のご先祖さんはどんなふうに世界を見、どんなふうにその見える世界に従おうとしたのか。
家屋の痕跡を見るだけで、ご先祖さんの世界についてなんらかの推察ができてしまうと。
家屋の形は その当時の人間の世界観と密接に関係していたのか。
![]() 「知覚と認知の考古学 先史時代人のこころ」 桜井準也著 雄山閣 2004/05 |
かつて古代の日本人(狩猟採集社会民)は平面図で見て円形の家に住んでいた。
円い世界。円環。
狩猟採集中心で暮らす小規模構造の社会では家屋は円形であり、定型的・組織的な行動を必要とする農耕社会では平面図で四角形な家屋に住むようになる、そういうパターンは古今多く見出されるもので。
p.46
居住空間の「円形」から「方形」への変化は,狩猟採集社会が労働の細分化,専門化した農耕社会へと変化したことと呼応しており,それは同時に空間の認知が触覚的なものから視覚的なものへ変化した過程でもあることを意味している。
過去の世界観。世の中の見方。
住民に共有されている空間の把握の仕方が、「円形」と「方形」、狩猟採集社会と農耕社会、縄文社会と古墳時代で、違っているという推察。
ひいては、「円形」家屋の村落と「方形」家屋の村落では、家の配置までパターンが違うと。
「円形」時代では、おのおのの住まいはてんでな向きに建てられていたのが、古墳時代前期の「方形」家屋村落では、なにやら家屋がみな整列している、方向揃えてお行儀よく並んでいると。
そういう違いはなぜ生じるのか。
どういう効果によってそのような差がもたらされたのか。
社会体系の違いだけでない、かつての世界観そのものがかいま見える。
「方形」の古墳時代は、「王」の権力が著しく強まり、日々の暮らしに「何かをめざす・従う」指向性が生じている。
「円形」の世界では、長は統べるものでも権力でもない、緩衝役、ハブ。共同体は、てんでな、それぞれの相互作用で動いている。
p.50
「方形」の家に住むことは多くの人々が同じ方向を向いていることを感じさせ,ある方向に動きが制約されるという意識を抱かせるのである。このことは,「方形」つまり「直線」が人間に一定の規格を生み出し,同時に同じ行為の繰り返しを要求することを暗示している。この意識の変化は,中心をもつ「円環的」世界や時間に生きていた人間が無限に延びる「直線的」世界や時間に生きるようになっていくことを意味しており,わが国において「直線的」世界は古墳時代頃にその萌芽が認められることを窺わせる。そして,それは生産活動の専業化や分業化が定着する時期と一致してくるのである。
著者は、「円形」から「方形」に変化する”竪穴住居の平面形態”の背後には、人間の意識や認知構造において、重要な変化があったのだと指摘する。
首肯/しゅこう/できる、すごいわかる感じ。
例えば箱庭療法。
人間は、自分の心性と世界観に沿った造形世界に落ちつこうとするし。
人間が、おのれの周りの環境やファッションを、おのれの”個性的な”ライフスタイルに従うものにしようとする、それの異世界版であり異時代版であり。
古墳時代には王が掲げる世界観、意味世界が、周囲を統べた。
王に過剰な意味が付与され、世界は王を中心に回り始める。
p.50
認知考古学的あるいは環境心理学的なアプローチを試みることによって,人類史上重要な意識や心性の変化を捉えることが可能になってくる
さらには、石器製作の研究からも、古代人が世界をどう把握していたかが推察可能であろうと紹介し、ヒトの認知世界の推察年表まで見せてくださるわけで。(p.98 Wynn)
200万年前:「近接」「分離」「序列」程度の単純なトポロジー概念どまり。
120万年前:「距離」や直径・半径などの空間量概念、左右対称の概念、全体形状の把握が出てくる。
30万年前:複数の視点を把握するようになる。ユークリッド空間概念とやらも獲得し、手順全体を見通した計画的な制作ができるようになる。
かくのごとくに、石器作品のできばえから当時の制作者(古代人)の”物の見方”が見て取れるんだよ、とした。

ものづくり。
職人は、手練れの人間、作り手は、他の作り手がどういう感覚でそれをこしらえたのか深く見て取ることができることがある。
書道家は他の書道家が記した書を見て筆の運びのみならず、書き手の身体の動き、心のありようまで感得することができる。
絵描きは絵画から描き手の性向・心性・物の見方を見抜けることがある。
漫画家は他の作家の性格が作品から見て取れるので、はっきし言って「これの作者には会いたくないなぁ」ってなマンガがけっこうあったりする。
…んだけど、
石器から古代の心性を推察する、という(一見推測におんぶにだっこな)やり方は、なかなか学問的には受け入れがたいものがあるのもやむをえないわけで。
『先史考古学における真と偽——石器のコピーをめぐって』 西秋良宏 総合研究博物館・西アジア考古学
100万年前以降のハンドアックスに見られる企画性、幾何学的対称性は、この頃、人類の空間認知能力や象徴能力に進展があったことを示すものとして、積極的に評価する研究者が少なくない(Gowlett, 1996;Wynn, 1979など)
ところが、この考えに疑問をはさむ声も近年出始めた。
認知考古学的アプローチは、現状ではどの程度普及しているんだろうか。

異なる世界観、古代に近かろう世界観の例として、 ロールシャッハ・テストが登場する。
p.100-101
藤岡喜愛が東アフリカのタンザニアの狩猟採集民Hadzapi族に対してこの方法を試みたところ,彼らの反応は
(a)どの部分にも同じ思いつきを繰り返す
(b)頭,足,口など,部分の思いつきが続いて全体がでてこない
(c)同じ所によく似た思いつきが重なる
(d)関連なしで思いつかれたものが,自由連想につながって「おはなし」がはじまる
といった幼児型を示しており,解釈的な成人型を示す日本や欧米の場介とは異なっていた。
このことは,モノの認知過程が我々と狩猟採集民とでは異なっている可能性を示唆する。
…これ「幼児型」「成人型」という呼称はもともとの心理学的用法から出てきたんだろうけれど、異文化を扱う場では妙にふさわしくなさげで。
ヨソサマの文化を「幼児型」よばわりするってことになりかねないし。
「幼児型」「成人型」ではなく、「プロトタイプ型」「近代世界的に醸成された型」とか「自然型」とか…(あまりいいの思いつかないな)なにかそれなりに失礼のないような表現を考えたくなる。
円形・方形の話は大変気に入りました。
ぜひ認知考古学の入門に加えてください、な一冊。
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